平成19年1月20日
古今建物集 …美しい建物を訪ねて…(2)
   
皇居の建物(その1)
井出昭一
 さる12月23日、朝起きてみると雲ひとつなく快晴無風でした。天皇誕生日で皇居の中に入れる絶好の機会だと思い、突然に出掛けることにしました。
 江戸城の本丸、二の丸、三の丸のあった皇居の東御苑は、現在では一般に公開されていて、大手門、平川門、北桔橋門から参観のプラスチックの札をもらって無料で出入りできます。しかし、天皇のお住まいの御所、宮殿、宮内庁庁舎などがある吹上御苑は平素は入れませんが、新年(1月2日)と天皇誕生日(12月23日)に限って参観できます。
 明治生命館を過ぎて皇居前広場に進み、そこで厳重な荷物検査とボディチェックを経てから、砂利を踏みながら日の丸の小旗を手にする人の中を皇居に向かいました。
 皇居の建物(門、橋を含めて)を当日の経路順に紹介します。

(1)二重橋(正門石橋と正門鉄橋の総称)
 皇居正門の「石橋」は、皇居前広場から見ると眼鏡型の橋で、江戸時代 にはここに「西の丸大手橋」と呼ばれる木橋が架けられていました。「石橋」はその木橋に替わり、明治21年に美しい石造二連アーチ橋(設計:久米民之助)に架け替えられました。この眼鏡型の橋が二重橋と思われ、記念撮影の定番となっていますが、これは正式には「正門石橋」といい、奥の「正門鉄橋」と二つの橋を総称して「二重橋」と呼ばれています。平常時はこの石橋にも足を踏み入れることはできません。


(2)正門

 石橋を渡ると正門です。両脇には衛視(?)が立っていて、いよいよここからが皇居です。正門の元の名前は「西の丸大手門」で、3代将軍徳川家光公の時代に建造されたといわれています。明治21年(1888年) 明治宮殿を造営した際、この門のすぐ前にあった高麗門を撤去し、名称も「正門」と改めました。
 正門を過ぎると、なだらかな坂を右に折れ曲がって行くと正門鉄橋です。鉄橋の前身は木橋で、この部分は濠が深いので橋桁を二重に組んであったので二重橋とも呼ばれていました。この橋はドイツ人のウィリアム・ハイゼの設計によるものですが、老朽化していたため新宮殿の造営に先立って旧デザインを残しながら新しい工法で石橋と同時に架け替えられました。
 私が入社した時には、ちょうど東京オリンピック開かれた年でしたので、8階の窓から二重橋前の聖火を眺めたことが懐かしく思い出されます。そのときとは逆に、正門鉄橋の上から丸の内方面を眺めると明治生命館が真正面にみえてまた格別です。橋の上から明治生命館の写真を撮ろうとすると、警備の人が「立ち止まって写真を撮らないでください。」との連呼です。そうはいうものの歩きながらシャッター押すこともできないので、警告の合間を見計らい、このチャンスを逃してはならないと思って何回かシャッターを押しました。

(3)伏見櫓

 皇居前広場から見る二重橋と伏見櫓の写真が最も代表的なものですが、鉄橋の上から間近に見る伏見櫓と横に伸びる多聞は迫力があり、快晴の空を背景に江戸城の面影を伝える見事な光景でした。江戸城には、二重と三重の櫓が20基も築かれていましたが、現存するのはこの二重の伏見櫓のほかは、三重の富士見櫓と桜田二重櫓(巽櫓)のみです。











(4)宮殿 
  鉄橋の上で、伏見櫓の白壁を眺めたり、濠に映る石橋を隔てて真正面に明治生命館を見ながら、中門を通り抜けると宮殿東庭が開けます。ここが新年(1月2日)と天皇誕生日(12月23日)に参賀の人びとが集まる広場です。
  左側に見えるのが長和殿。連子の塀に続いて全長160メートルにも及ぶ長大な建物で、天皇陛下がご挨拶されるところです。この長和殿の内部には、東山魁夷の「朝明けの潮」、前田青邨の「石橋(しゃっきょう)」、多田美波のデザインによるシャンデリアなど美術工芸の粋が集約されていますが、立ち入ることはできませんので、写真でその片鱗を窺うだけです。
 正殿(せいでん)は、国賓との御会見、文化勲章の授与など皇居での儀式の行なわれるところで宮殿の中心です。国賓を招いての大きな饗宴が催されるとき使われる宮殿で最も広い部屋が、豊明殿(ほうめいでん)です。豊明殿の名称は、明治宮殿にもあった部屋で、昔の宮中の豊明節(とよあかりのせちえ)に因んで付けられたものです。天皇陛下主催の晩餐会のとき、主賓の背後の壁面はつづれ織りの「豊旗雲(とよはたぐも)」で、テレビでもときどき放映されます。「豊旗雲」の原画は、日本画家・中村岳陵が昭和11年の第1回帝展に出品されたものです。夕空に五彩の雲がたなびく鮮やかな描写は、東博で展示されるときに拝見できます。
 宮殿の建っている一帯は、かつて明治宮殿のあったところです。明治政府が威信を掛けて明治21年に造営した壮麗な明治宮殿は、昭和21年5月25日の東京大空襲で惜しくも灰燼に帰してしまいました。その後に建てられたのが現在の宮殿です。昭和43年10月竣工で、鉄筋鉄骨造・地上2階地下1階、延べ床面積2949u(約894坪)、基本設計は吉村順三(当時東京芸術大学助教授)、顧問には内田祥三(東京大学名誉教授)を迎えて建てられました。
  外装の色彩が、屋根は緑、柱と梁は茶褐色、壁面は白で統一され、清楚潔癖の感じの建物です。建物の内外すべて、当時の最先端の技術工法により、最高の美術工芸品で成り立っています。したがって、宮殿は、日本の近代美術工芸が集積された頂点ともいえる美術館でもあります。

(5)宮内庁庁舎
 この宮内庁庁舎は、1935年(昭和10年)に建てられた建物で、 庁舎3階は1952年(昭和27年)に改装され、 1968年(昭和43年)年の新宮殿落成までの間、仮宮殿として使用されていました。年2回の一般参賀<新年(/)、天皇誕生日(12/23)>のときに、 建物の近くを通ることができます。 天皇誕生日には、宮内庁庁舎の前に記帳所が設置されるので、庁舎の写真を撮るなら新年の一般参賀のほうがいいようです。


(6)坂下門

 現在は宮内庁の通用門として使われ、この門の内側に宮内庁があります。この門は西の丸の造営後に造られたもので、文久2年(1862年)1月、老中安対馬守がこの門外で水戸浪士の襲撃を受けたのが、いわゆる「坂下門外の変」です。


(7)富士見多聞

 多聞は、防衛と装飾を兼ねた長屋造りの櫓の一種で中に鉄砲や槍を格納した武器庫です。江戸城本丸には15棟の多聞がありましたが、富士見多聞は唯一の遺構です。
 蓮池濠から富士見多聞までの石垣は高さが20メートルもあり、実践的だといわれています。蓮池濠は名のとおり蓮で一面埋め尽くされている華やかな写真がありますが、12月は枯葉ばかりで美しい光景をみることができず残念でした。












(8)富士見櫓

 富士見櫓は本丸の南端に建っている三重櫓です。江戸城本丸で現存する唯一の櫓で、遺構のなかではもっとも古いものです。万治2年(1659年)に完成し、関東大震災で倒壊大破しましたが、主要部材を用いて再建されています。白い漆喰の壁が美しくどこから見ても同じに見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれています。明暦の大火で天守閣が焼失したあと、天守閣の代りに使われたといわれています。


(9)旧枢密院

 大日本国憲法における天皇の最高諮問機関であった枢密院の庁舎で、鉄筋コンクリート造2階建ての建物です。帝国議会議事堂(現:国会議事堂)建設の試作として1921(大正10)年に建設されました。1947年(昭和22年)に枢密院が廃止された後は、最高裁判所仮庁舎や皇宮警察本部として使用されましたが、現在は使用されていないようです。


(10)桔梗門(ききょうもん)

 皇居参観や勤労奉仕の人が出入りする門で、「内桜田門」ともいわれます。
 あらかじめ申し込み、手続きをすれば、皇居を参観できます。月曜日から金曜日まで、午前10時と午後1時30分の1日2回、所要時間75分です。この場合、桔梗門から入り、富士見櫓、蓮池濠を経て、宮殿東庭を通って、正門鉄橋を往復して桔梗門へ戻るというコースです。
 今回取り上げた門は、皇居正門、坂下門、桔梗門の3棟だけですが、江戸城の遺構としての門は、このほかに大手門、平川門、北桔橋門、乾門、清水門、半蔵門、田安門、桜田門があって合計11の門を現在見ることができます。いずれも堂々たる造りですが、このうち清水門、田安門、桜田門は重文に指定されていて見ごたえある門です。


(11)桜田二重櫓(巽櫓)

 桜田二重櫓は、二重の隅櫓(すみやぐら)で三の丸の南東(巽:たつみ)に位置していることから巽櫓(たつみやぐら)ともよばれています。桔梗濠に映る姿は端正そのもので、お堀端からいつでも眺めることができます。






 以上、12月23日に歩いたコースにしたがって、皇居の建物を見てきましたが、塵ひとつなく掃き清められていて、東京の中心であることを忘れさせるような環境です。魅力的な数多くの建物そのような中に溶け込んでいて何度も訪れてみたいところです。


IDE・トピックス 2007.1.20 
*URLを挿入しましたので詳細はそちらをご覧ください。
1.「書のデザイン…開館40周年記念 書の名筆V…」
 会 期:2007.1.12〜2.12
 会 場:出光美術館  (丸の内 帝劇ビル9階)
 入場料:一般 1000円
 問合せ:03−5777-8600(ハローダイヤル)
 http://www.idemitsu.co.jp/museum/index.html
2.「オルセー美術館展」…19世紀 芸術家たちの楽園…
 オルセー美術館が開館20周年を記念して開催される展覧会で、マネ、ルノワール、
 モネ、ゴーギャン、セザンヌなど日本人に人気のある印象派の名画が数多く展示されます。
 会 期:2007.1.27〜4.8
 会 場:上野公園 東京都美術館
 入場料:一般 1500円 (2月21日(水)と3月22日(水)は、65歳以上は無料です。)
 問合せ:03−5777-8600ハローダイヤル)
 http://www.orsay3.com/
3.「20世紀美術探検…アーティストたちの三つの冒険物語…」
 (国立新美術館開館記念展)
 1月21日に日本最大級の『国立新美術館』が東京・六本木にオープンします。黒川紀章が設計した波のようにうねりの美しい曲線を描いているガラスカーテンウォールの外観が話題を呼んでいます。同時に、この美術館を設計した黒川紀章の主要作品と最新のプロジェクトを紹介する「黒川紀章展」も自由に鑑賞できます。」
 会 期:2007.1.21〜3.19
 会 場:六本木 新国立美術館
 入場料:一般 1100円
 http://www.nact.jp/

(了)

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