My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年12月30日
『柳緑花紅(改訂版)』の舞台裏
井 出 昭 一
東博でのボランティア活動が中心に
 『柳緑花紅(改訂版)』は今年の2月にスタートし、22回連載して12月に終了しました。当初は、文字通り「メルマガIDN」に掲載した『柳緑花紅』の改訂版のつもりで、手間をかけず『柳緑花紅』を微修正に留めるつもりでした。しかし、誤りを直したり、気に入らない文章に手を入れていくうちに大幅改訂となり、ほとんど原型をとどめないことになりました。
 そこで途中から方針を変更して、『柳緑花紅』の続編として同じ「メルマガIDN」に書いた『莫妄想』も取り込んだものになりました。今になってみると『柳緑花紅(改訂版)』でなく、別の名前にすればよかったのかと後悔しています。
 22回の内容を振り返ってみますと、東博の建物が4回、樹木が2回、ボランティア活動が4回、展示に関するものが5回、上野の杜の建物が6回と、1回の例外(夏日休話)を除いて、2004年4月からことしの3月までの東博での4年間のボランティア活動を通じて体験したり、学んだことをまとめたことになりました。
 東博の名品については、分野ごとの専門家による多数の書物・論文があります。したがって、収蔵品に関する解説には触れないようにして、ボランティア活動を通じて知り得た東博の魅力をいくつか取り上げたつもりです。専門的な言葉は避けて、平易で判り易い表現にしようとしましたが、どうしても使わなければならない難解・難読の作品名を表記するために苦戦を強いられました。
 回を重ねるうちに、口コミで読者が増えて「毎号楽しみにしている。次は何が出てくるか楽しみだ」「東京国立博物館が身近になった」「作品以外の東博のすばらしさが判った」「これまで何回行っても気がつかないことを教えられた」「東博は奥深い。東博の良さを再認識した」などの感想が寄せられています。
 会社生活を終えた後、東博でのボランティア活動を通じて、新たに親しくなった方も大勢にのぼり、この4年間はきわめて楽しく有意義で、今でもいくつものグループの集まりが続いています。

「柳緑花紅」とは?
 当初、エッセイを連載するに際し、朝日新聞のコラム「天声人語」のような洒落た題名がないものかと考えているうちに、思い浮かんだのがこの「柳緑花紅」です。これを、なんと読んだらよいのかと尋ねられますが、「りゅうりょく・かこう」とも「柳は緑、花は紅」とも読みます。『広辞苑』(新村出編、 岩波書店)では、春の美しい景色を形容する言葉であると同時に、物が自然のままで少しも人工が加えられていないことの例えとして、禅宗で悟りの心境を言い表す句でもあるとされています。
 大学に入学した昭和35年の最初の夏休みに、私は郷里の信州佐久の古刹・洞源山貞祥寺で1週間の座禅を体験しました。その参禅会終了の際に、沢木興道禅師から「柳盤み土梨、花は倶連奈井、妄想する古と奈か連」(柳は緑、花は紅、妄想すること莫れ)の書をいただきました。禅宗の高僧の書で、しかも深い意味を秘めた言葉ですから、表装して大切に持っていますが、じつは、その冒頭の部分を引用したわけです。
 この言葉の源は、11世紀の中国宋代の文人・蘇軾(蘇東坡)の詠じた詩「柳は緑、花は紅、真面目」に由来するようです。物事が自然のままに、人の手を加えられていないことの例えで、柳は緑色をなすように、花は紅色に咲くように、この世のものは種々様々に異なっており、それぞれに自然の理が備わっている。とても哲学的で、四文字のなかに含蓄があり、心に深く感じる言葉でもあります。
 ちなみに「妄想すること莫れ」とは「莫妄想(まくもうそう)」、中国唐代の禅僧・無業禅師(760〜821)のことばで、それは「過去のことは、気にせず、忘れること。そして未来のことは、なるようにしかならない。余計なことを考えず、現在なすべきことをしっかりとすること」という意味で、これも私の好きな禅語でもあります。



執筆は自分の勉強
 エッセイを連載して余禄が二つありました。そのひとつは、電車に乗る際には、必ず投稿前の草案をプリントして持ち込んで推敲したり、テーマの選定、文章の骨組み、肉付けのためメモを書き留めることが、私の生活の中で定着したことです。講演とは異なり、文字で表現するとなると曖昧なことは許されませんので、不明な点は文献資料で調べたり、詳しい人に確認しました。その結果、私自身の勉強になったことは事実です。
 二つ目は、いつかは読むだろうと思って買ったまま本棚の隅で埃をかぶっていた本、雑誌、展覧会図録、屋根裏の片隅で眠っていた新聞の切り抜きやビデオテープなども今回のエッセイで日の目を見ることになり、その結果わが家の資料も随分整理が進んだことです。しかし、廃棄寸前の資料が息を吹き返したので、保管スペースをいかに確保するか新たな悩みを抱えることになりました。
 読者からの感想とか、折に触れて寄せられたひとことが、執筆継続の励みにもなり、責任の重大さを感じるところとなりました。1年にわたりご愛読いただきました皆様に改めて感謝申しあげます。
  最後に、このエッセイの掲載を勧め、その機会を与えていただきました奥山貞夫さん、掲載に際して助言し編集にご尽力されました吉田基義さん、嶋根英昭さんに厚く御礼申し上げます。
  

    以上

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