My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年12月5日
上野の杜の建物探訪(5)
東京藝術大学の建物
井 出 昭 一
 上野の杜は数多くの名建築が密集しているところですが、その中でも東京藝術大学の構内は東京国立博物館と並んで、話題になる近代建築が林立している“建物展示場”でもあります。
1.東京藝術大学大学美術館…ユニークな自画像コレクション
 東京藝術大学の前身である東京美術学校は明治20年に設立されて以来、研究のために美術品を数多く収集してきました。その貴重な収蔵品をまとめて展示する美術館として“東京藝術大学大学美術館”(変わった名前ですがこれが正式の名称です)は平成11年4月開館しました。建物の設計は六角鬼丈で、地上4階、地下4階のうち展示室は地下2階と3階の2フロアーで、地下2階は常設展示を主として、3階は様々な展示に対応できるよう白い箱型展示室として設計されています。
 その収蔵品は国宝・重要文化財32点を含む28,000点という有数のコレクションです。有名な収蔵品としては、国宝「絵因果経」のほか、浅井忠の「収穫」、高橋由一の「鮭」、上村松園の「序の舞」、狩野芳崖の「悲母観音」(いずれも重文)など学校の教科書で馴染み深いものが数多くあります。ユニークなのは東京美術学校の開校以来集めてきた油画(西洋画科)の学生が在学中に描いた自画像の作品群です。
 企画展も充実していて、最近では「日曜美術館30年展」(2006.9.9−10.15)が楽しい催しでした。NHKの「日曜美術館」は、私の最も好きな番組で収録したビデオテープもかなりの数に達しています。そのため、会場で放映されていた映像も懐かしいものがありました。

2.正木記念館…正木校長の功績を顕彰 
 東京美術学校の校長として32年間在任した第5代校長正木直彦の功績を顕彰するため、寄付によって昭和10年に竣工したものです。岡田信一郎門下の金沢庸治の設計で、白の漆喰壁、入母屋の瓦屋根は日本の伝統の美術を評価してきた美術学校の姿勢を反映しています。2階には正木校長の希望により、日本画を展示するための書院造りの和室の展示室が作られているようですがまだ見た事はありません。
 1階には沼田一雅が昭和11年に製作した陶造の「正木直彦先生像」が置かれています。
 なお、岡倉天心像(平櫛田中作)が安置されている寄せ棟屋根の瀟洒な六角堂(昭和6年)も同じ金沢庸治が設計したもので、通称「奥の細道」と称される木立の中に建っています。



3.陳列館…岡田信一郎“ギャラリー三部作”のひとつ 

 東京藝術大学の美術学部の門を入ってすぐ左側の建物が陳列館です。昭和4年竣工した西洋風の展示館で、近代美術館の展示空間の嚆矢ともいうべき建物です。岡田信一郎の設計で、スクラッチタイル、トスカナ式の飾り柱、天窓があります。黒田記念館(登録有形文化財)、東京府立美術館(いまは前川國男設計の東京都美術館に建て替えられました)とともに、上野の杜に建つ岡田信一郎の“ギャラリー三部作”といわれた建物のひとつです。
 岡田信一郎の代表作は、大阪中之島中央公会堂(大正7年)、鳩山一郎邸(鳩山会館、大正12年)、歌舞伎座(大正13年)、明治生命館(重文:昭和9年)と建物の用途、建築様式とも全く別の種類にもかかわらずそれぞれの分野で高く評価されている建築です。さらに岡田はニコライ堂(重文)の補修を手がけたり、銅像の台座設計も数多く残しています。藝大構内では橋本雅邦、川端玉章、フェノロサの胸像台座を設計していますが、上野公園内で最も大規模の台座は「小松宮彰仁親王銅像」(銅像制作は大熊氏廣)で、上野動物園入口の左側にあります。

4.絵画棟内の「大石膏室」…石膏の大コレクション
 絵画棟の1階には大石膏室があります。昭和10年にボストン美術館から寄贈されたミケランジェロ(メディチ家の墓碑)、ドナテルロ、ヴェロッキオ(レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠)などのルネサンス巨匠の石膏像34件と、日本における西洋彫刻の基盤を築いたヴィンセンゾ・ラグーザの遺品16点がその中核となっています。
ミロのビーナス、サモトラケのニケを初め、ロダンの「バルザック像」、「青銅時代」など国内では質量ともに最も優れているといわれる石膏像が所狭ましと置かれているところです。

 この部屋には関係者以外は立ち入ることはできません。しかし1階にありますから外からガラス越しにどんな状態かを垣間見ることはできます。もし機会があったら是非とも大石膏室の中に入って見学して下さい。

5.赤レンガ1号館
  (旧上野教育博物館書籍閲覧所書籍庫)

 東京藝術大学の音楽学部側の門を入って左に折れたところに赤レンガの建物が2棟建っています。明治13年(1880年)に竣工した東京で最古の赤レンガの建物で、文部省が明治9年にこの地に上野教育博物館を建設し、その付属図書館の書庫として造られました。書物を火災から守るためすべての開口部に鉄の扉を設けていますが、傷みも激しくなっています。設計は林忠恕で、旧新橋駅(汐留駅)を設計したアメリカの建築家ブリジンスの弟子にあたります。

6.赤レンガ2号館(旧東京図書館書庫)
 こちらは、明治17年に設立された旧東京図書館の書庫で、明治2年東洋人として初めてアメリカのコーネル大学に留学した小島憲之の設計により明治19年(1884年)に竣工したものです。小島憲之は、孤高の建築家で、英語教育にも定評があり、夏目漱石の師でもあったとのことです。最上層の円形の窓や入り口上のイスラム風の尖塔アーチなどが特徴です。




7.東京藝術大学奏楽堂…音響特性重視のコンサートホール
 最高裁判所を設計した岡田新一(岡田信一郎ではありません)の設計で1140席を有するシューボックスタイプのコンサートホールです。管弦楽、弦楽合奏、オペラ、合唱、邦楽、声楽ソロ、パイプオルガン演奏等の用途に対応でき、それぞれの使用目的にかなった最適な音響特性を変えられるよう客席の天井全体を可動式にして変化させる方法を取り入れているそうです。
 過日、芸大の大学祭に行きましたら、ここでコンサートが開かれていてプロ並みのオーケストラの演奏と内部の見学ができました。モーニングコンサートや定期演奏会が開かれています。


8.[番外]大学構内は彫刻の野外展示場

 東京藝術大学の構内は名建築が林立しているところであると同時に、いたるところに彫刻がおかれています。ロダンの話題作の「青銅時代」「バルザック像」を初め、ブールデル「ベートーベン」、橋本雅邦、藤島武二、高村光雲、安井曽太郎、香取秀真などの胸像が木立の中に置かれていて、彫刻の野外展示場ともいえるほどです。


























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 IDE・トピックス 2006.12.5 
( )内は、見学した月/日です。
1.「出光美術館名品展U…開館40周年記念…」 (11/30)
 会 期:前期2006.11.11〜12.3
     後期2006.12.8〜12.24
 会 場:丸の内 出光美術館
 入場料:一般 1000円
 問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
 出光美術館の中核となる桃山・江戸時代の長谷川等伯、狩野探幽を初め宗達、光琳、抱一の琳派の書画、古唐津、古九谷、柿右衛門、鍋島、仁清、乾山の日本陶磁の名品が120点展示されています。あわせて、板谷波山、小杉放庵、ジョルジュ・ルオーなど出光コレクションの中では異色の作品も展示されています。仁清の「色絵芥子文茶壺」(重文)はいつ見ても堂々としていて華やかな茶壺です。
休憩室からの皇居方面の眺めも楽しめますが、貝をあしらったエレベーターのドアも見所のひとつです。


2.「中国陶磁 美を鑑(み)るこころ」 (11/30)
 会 期:2006.11.3〜12.10
 会 場:六本木 泉屋博古館 分館
 入場料:一般 800円
 問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
 日本の独特の文化である茶の湯に使われる“茶陶”に対し、純粋に中国陶磁を鑑賞する「鑑賞陶器」があります。この展覧会はその鑑賞陶器の焦点を当てた展覧会です。

3.平成18年秋季展「中国宋元画の精華」
  …夏珪、牧谿、梁楷 日本人が愛した伝来の絵画…
 会 期:2006.10.3〜12.10
 会 場:白金台 畠山記念館
 入館料:一般 1000円
 問合せ:03−3447−5787
 畠山記念館は、畠山一清(即翁)の集めた茶道具の名品を多数所蔵していることで有名です。今回の展示は、日本人が長い間愛好してきた夏珪、牧谿、梁楷など中国の宋元時代の絵画ですが、絵画、書跡は紫外線に弱いため展示期間が短いのが残念です。重文「山水図 伝夏珪筆」は11/5まで、国宝「煙寺晩鐘図 伝牧谿筆」は11/12までの公開で、現在は国宝「大非慧宗杲墨跡 尺牘」(12/10まで)が展示されています。

4.「敦煌経と中国仏教美術」
 会 期:2006.11.18〜12.17
 会 場:日本橋 三井記念美術館
 入館料:大人 500円
 問合せ:03−5777−8600(ハローダイヤル)
 敦煌出土の美術品や中国古代の仏像のほか、三井記念美術館が所像する120巻の敦煌経のうち34巻が展示されます。2000年8月、五輪会(昭和39年入社の同期会)で莫高窟を訪れたときのことや井上靖の「敦煌」を思い出しながら見たいと思っています。
(了)

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