My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年10月20日
上野の杜の建物探訪(2)
…東京文化会館、国立西洋美術館、国立科学博物館、日本学士院…
井 出 昭 一
戦後モダニズム建築の傑作:東京文化会館
 上野駅の公園口を出て正面に現れるコンクリート打ち放しのダイナミックな建物は東京文化会館です。東京都が開都500年(1457年江戸城築城を起源)を記念して建設し、昭和36年(1961年)4月に開館しました。
 オペラ劇場形式の大ホールの客席は2303席でオペラ、バレー、オーケストラなどの演奏会用です。小ホールは640席の特殊な扇形で、チェロとかチェンバロなど独奏のための演奏会向きです。この他各種の会議室、リハーサル室、音楽資料室を備え日本屈指のクラシック音楽のコンサートホールです。
 設計は、ル・コルビュジエの門下・前川國男(1905〜1986)によるもので、日本の戦後モダニズム建築の傑作だと評価されています。地上5階、地下2階の建物で、ホールの内部は、彫刻家の向井良吉、流政之のコラボレーションの産物です。
 前川國男は、この上野公園だけでも東京文化会館のほか、国立西洋美術の新館、東京都美術館と、それぞれ特色のある大きな公共建築を3棟も手がけています。
 余談ですが、前川國男は、パリのコルビュジエの元から帰国して間もない昭和6年、東京帝室博物館(現:東京国立博物館)の設計コンペに応募しました。その前提条件とされた「東洋風を加味した日本趣味の意匠」を敢えて拒んで落選を覚悟のうえ、コルビュジエ風の斬新な案で応募し、見事に落選しました。落選作がこれほど後世にまで注目されている例はなく、その作品は現在でも近代建築として十分通用するような斬新なデザインです。前川國男が権力に阿(おもね)ず、商業主義にも流されないことを貫いた好例として語り継がれています。
 東京文化会館は、平成10年(1998年)にリニューアルが行われ、書家の篠田桃紅によるロゴマークが採用されました。これは石とコンクリートの硬い塊の空間の中に、温もりを感じさせるものです。この篠田桃紅がタウン誌「うえの」の巻頭にときどき登場する“書”に関するエッセイは私の愉みのひとつでもあります。


ル・コルビュジェ設計の国立西洋美術館

 国立西洋美術館の本館は、昭和34年(1959年)フランスから松方コレクションが寄贈返還されるのに際し、このコレクションを収蔵・展示する美術館として建設されました。
 フランスの生んだ20世紀建築界の最大の巨匠ル・コルビュジエ(1887〜1965)が設計したもので、日本における唯一の作品です。ル・コルビュジエが提唱した「近代建築の5原則」@ピロティ…吹き抜け空間…、A屋上庭園、B自由な平面、C横長の大きな窓、D自由なファサード…建物を壁の代わりに柱で支える…を忠実に集大成した展示空間だといわれています。
 2004年、ここで開催された「建築探検…ぐるぐるめぐるル・コルビュジエの美術館…」(2004.6.29〜9.5)では、ル・コルビュジエが意図しながらも、一般には気づかないようなこの建物の16のチェックポイント(床照明、雨樋、天井の高さなど)を解説するもので、極めてユニークな展覧会でした。

 当初この本館のみでスタートした国立西洋美術館は、その後、
昭和54年(1979年)には新館が増築されましたが、これは愛弟子・前川國男の設計によるものです。織部焼きを思わせるくすんだ緑の外壁が見える2階の休憩室は私の好きなスポットで心の和むところです。
 前庭には、松方コレクションを代表するロダンの「考える人」「地獄の門」「カレーの市民」「アダム」「エヴァ」、ブールデル の「弓をひくヘラクレス」が展示されています。背景の樹木は季節や天候のよって変わりますので、彫刻から受ける印象も折々変化して別の面白さを楽しめます。
  あまり知られていませんが、ここは毎月の第2と第4土曜日、文化の日(ただし、常設展示のみ)は無料で入館できますので、西洋美術の名作を気楽に楽しむ事ができます。また、1階のミュージアムショップ、資料コーナー、デジタルギャラリー、カフェ「すいれん」は、フリーゾーンとして観覧券なしでも利用できますので、時間が空いた時には有効に活用するのもひとつの方法です。
 この国立西洋美術館で開かれた美術展で最も印象に残っているのは、「ミロのビーナス」(1964.4.8〜5.17。 4/29見学 200円)と「バーンズ・コレクション展」(1994.1.22〜4.3。 2/5と2/12見学 1400円)です。
 ビーナス展の時は、行列が国立科学博物館の方まで延々と続いていました。ようやく入場できても人並みの押されたままはじき出されてしまったほどでした。
 また、バーンズ展も、文字通り館外貸出し厳禁であったバーンズ・コレクションの珠玉の傑作が日本で初公開されるとあって、開会当初から人気が上々で混雑が予想されていました。そこで、東京に久しぶりに30センチ以上の雪の積もった休日に見に行きました。こんな悪天候では、閑散だと思い込んで……。ところが予想は見事にはずれました。靴がすっぽり埋まるほどの大雪にもかかわらず来館者が殺到し、待たされること1時間。セザンヌの「大水浴」と静物の傑作、ルノワールの裸婦、スーラの「ポーズする女たち」、マティスの「生きる喜び」など、今まで門外不出の名品がズラリと並んでまさに壮観そのものでした。



いくつになっても楽しめる国立科学博物館

 国立西洋美術館の北側に隣接しているのが、明治初期に設立されたわが国唯一の国立科学博物館です。本館は小倉強(文部省営繕)の設計で、関東大震災の復興期の昭和5年2月に竣工しました。大正から昭和初期にかけて流行した縦線模様が刻まれたスクラッチタイルの外壁が特徴です。
 重厚な趣きのある本館に足を踏み入れると高いドーム状の天井が広がり、色鮮やかなステンドグラスが目に入ってきます。またこの建物は「科学」に則して、上空からみると飛行機の形をしているのも特徴です。 愛称は、東京国立博物館が「トーハク(東博)」と呼ばれているのに対し、こちらは「カハク(科博)」と呼ばれています。
 本館の前には、現在地球に生息する最大の動物といわれるシロナガスクジラの全長30mの巨大な模型やデコイチ(D51形蒸気機関車)があります。山の手線の線路側には、わが国ではじめての人口衛星「おおすみ」を打ち上げたロケットの発射台とラムダロケットも屋外展示されています。一見、オレンジ色の変わった形の工事のクレーンがあるのか思いますが、これがロケットの発射台です。
 また、平成16年11月には新館(設計:芦原義信、地上3階、地下3階、展示面積8900u)もオープンしましたが、展示品も多過ぎてとても1日では回り切れないほどです。


気品の漂う学術の殿堂:日本学士院
 国立科学博物館の隣が日本学士院の建物です。日本学士院は、学術研究の頂点を極めた科学者のうちから選定された会員(定員150人)によって組織されています。その前身は、「東京学士会院」で明治12年(1879年)、福沢諭吉を会長として創設されたものです。
 昭和49年(1974年)5月竣工、地下1階、地上3階、延床面積4782uの荘重で気品と節度の漂う建物です。ここは、毎年6月に天皇皇后両陛下のご臨席のもと開催される「恩賜賞」「日本学士院賞」の授賞式の会場となるところです。設計は谷口吉郎で、道路をへだてて建っている東京国立博物館の東洋館(1968年)、竹橋の東京国立近代美術館(1960年)、有楽町の帝国劇場(1966年)と同じ設計者でもあります。
 この日本学士院は、国立科学博物館に取り囲まれるようにひっそりと建っていますが、この建物の性格からして、美術館とか博物館のように気楽に建物の中へは足を踏み入れることができないような雰囲気です。毎年秋に開催される学士院会員による公開講演会の時が建物の中へ入ることができる絶好のチャンスなのです。
 (参考までに、この秋の第45回公開講演会は、10月28日に東大名誉教授 伊藤誠氏の「グローバリゼーションの政治経済学」と東北大名誉教授 伊藤英覺氏の「自然エネルギーの利用…水車と風車…」が開かれます。)
IDE・トピックス No.19(2006.10.20) 
( )内は、見学した月/日です。
1.「シルクロード…華麗なる植物文様の世界…」(10/8)  
  会 期:2006.9.30〜11.26
  会 場:古代オリエント博物館(池袋 サンシャインシティ 文化会館7階)
  観覧料:一般 900円
  問合せ:03−3989−3491
 花、樹木などの文様に焦点を当てたユニークな展覧会です。驚いたことに、植物文様はメソポタミアの土器に見られ、5千年も前の印章にも花の連続模様が表現されています。葡萄唐草文は地中海世界で発達し、シルクロードを経由して仏教とともに東アジアにも伝播し、中国、朝鮮を経てわが国にもたらされたのは7世紀頃と考えられています。
2.「大エルミタージュ美術館展」<東京都美術館80周年記念&rt;
        …ヴェネツィア派からモネ、ゴーギャン、ルノワール、ピカソまで… 
 
 会 期:2006.10.19〜12.24
  会 場:上野公園 東京都美術館
  観覧料:一般 1400円(65歳以上は700円)
  問合せ:03-6215-4406
 エルミタージュ美術館は、1764年、エカテリーナ2世が225点の絵画を購入したことから始まり、美術コレクションは、その後、皇帝、蒐集家たちに受け継がれ、およそ300万点に及んでいます。その膨大な数、質の高さから、ルーヴル美術館、メトロポリタン美術館などと並び世界最大級の美術館のひとつです。ロマノフ王朝の最盛期に建立された壮麗な宮殿は豪華絢爛で、外観・内装の装飾は贅を極めたものです。主な展示室だけでも400室に及び、すべてを回るだけで28kmにも達するといわれています。エルミタージュ美術館は絵画(油彩画)だけでも1万7千点を所蔵し、これらは通常時代別、国別、あるいは様式、流派にしたがって展示されています。今回出品の80点の油彩画は時代的には400年にわたり、地域的にもヨーロッパ各国にまたがり、基本的には「都市と自然」というコンセプトにしたがって選ばれています。
3.「江戸の誘惑」…ボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展…  
  会 期:2006.10.21〜12.10
  会 場:両国 江戸東京博物館
  観覧料:一般 1300円
  問合せ:03-3626-9974
 アメリカのボストン美術館は、かつて岡倉天心が東洋部長を務め、優れた日本美術を数多く所蔵することでも定評のある美術館です。その所蔵の中から菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重の肉筆浮世絵が公開されます。これらはアメリカの医師 ウィリアム・ピゲローが明治時代に来日して集め、ボストン美術館に寄贈した浮世絵で、その数が膨大なため長い間整理ができず「幻の浮世絵コレクション」といわれてきたものです。そのうち80点が1世紀ぶりに日本に里帰りして展示されます。
4.「幻の棟方志功」…大原美術館、クラレ秘蔵作品より…(10/13)
  会 期:2006.10.5〜10.17
  (早くに見学したうえで紹介すれば良かったのですが、終了してしまいました。)
  会 場:東京 大丸
  観覧料:一般 1300円
  問合せ:03-3626-9974
 デパートでの展覧会としては、久し振りに充実感を味わいました。棟方志功といえば、「板画」の世界ですが、スピード感のある迫力たっぷりの肉筆画も展示されていました。棟方志功と大原総一郎の親密な関係も分かりました。総一郎の母の33回忌(昭和37年)の記念に24首の短歌を板画にしたという「大原寿恵子歌集抄板画柵」も初めて拝見しました。大原寿恵子が総一郎の母だということも、アララギ派の歌人だったことも今回初めて知りました。淡々と詠まれた歌にも胸を打たれました。
  枇杷の木の 花は侘しく 咲くものか 枝にかたまりて 冬をひさしき
  荒壁の 匂ひほのかなり この家の 掘井のそばの 日まわりの花
  すさまじく 風ふきあれつ 元旦の あかつき空に のこる月光(つきかげ)
(了)

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