My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18920
東博の特別展の思い出(2)                 
「唐招提寺展…国宝 鑑真和上像と盧舎那仏…    
井 出 昭 一
頻繁に開催された仏教寺院美術展

 東博でボランティア活動を始めた2002年(平成14年)4月から、2006年(平成18年)3月までの4年間に開催された仏教と寺院に関係する展覧会(特別展・特別公開・特集陳列)は、16回にも及んでいます(別表をご覧下さい)。こうして見ますと仏教と日本美術は極めて深い関係にあり、日本美術は仏教なくしては語れないということになります。
 これだけの展覧会を一般の方が、欠かさず見学するのには大変な努力が必要ですが、東博でボランティアの最大のメリットは、このような特別展を何回も見学できることでした。時間があるときは、オーディオガイドを借りてゆっくりと拝見し、時間がないときは、特定の展示室とか作品に焦点を絞ってみることができます。私の場合、各特別展を少なくとも3回は見てきましたから、これらの展覧会に50回近く足を運んだことになります。
 さらに東博ではボランティアに対して、特別展を担当した研究員が閉館後に解説会を開いてくれました。2時間ほどかけて研究員が丁寧に解説するのですから大変ありがたいことです。したがって、“門前の小僧”ではありませんが、“東博のボランティア、習わぬ日本美術史を覚える”ということになります。ところが、シニアとしての悲しさは、“覚える”にまではいたらず、一度頭に入った事がそこに留まらず、残念ながら直ぐに消えてしまうことでした。
 確かに、東博の収蔵品は多岐にわたり、個人的には興味のある分野と興味のない部分があります。しかし、これだけ見れば、頭の底に残るものもあれば、新たな発見も数多くありました。

盧舎那仏の背後を見る

 これらのうち、とりわけ印象深く収穫の多い特別展は「唐招提寺展」でした。
 鑑真和上像は今後も拝見できるかも知れませんが、高さが3メートルもある盧舎那仏(るしゃなぶつ)は修復された金堂に収められてしまうと、東博の平成館で公開されたときのように、近寄って見たり、後ろに回って見ることは絶対にありえないのではないかと思います。今後二度と東京では見られない仏像なのです。そう思えば、足を運ぶ回数が増えるのも当然です。
 この展覧会を契機に、かつて読み流していた井上靖の名作「天平の甍」も、数回も読み直し、そして新たな感動を覚えました。鑑真和上像(小説では鑒真)も小説を読む前と読んだ後では感激の度合いが全く異なったような気がします。平成館の大講堂で上映された映画「天平の甍」も、そのスケールの大きさに感激し、2時間半近くが瞬く間に過ぎてしまいました。
 「寄木造り(よせぎづくり)」とか「木屎漆(こくそうるし)」(木の粉を混ぜたペースト状の漆)など、仏像彫刻のことばは、平成館1階で開かれた「親と子のギャラリー」の『盧舎那仏のひみつ』で学ぶことができ、芸大生の作成した「脱活乾漆造り(だっかつかんしつづくり)」のプロセスでは模型によってさらに理解を深めたような気がします。
 最新のコンピュータ・グラフィックスの技術を駆使したバーチャル・リアリティは、会場の10mの大画面一杯に広がる唐招提寺の画像は、鮮明そのもので迫力も満点、何度見ても飽きないものでした。
 毎週金曜日に通っている新宿朝日カルチャーセンターの真向法体操教室の皆さんが唐招提寺展を見学したいとの要望がありましたので案内したのに続き、会社の同期会「五輪会」の仲間とも、この唐招提寺展を念入りに見学しました。「気付かない事を教えてくれたり、見どころを指摘してくれるので助かる」とか「知人が東博のボランティアをしているということで、東博が身近になった」「東博って、本当に奥深いところだ」などと好評でした。









































爽やかな「山雲濤声」、やわらかな風の通る「揚州薫風」

 唐招提寺に仏像とともに公開された東山魁夷の障壁画については、これまでも拝見していますが、その都度清々しい気分になります。
 最初に見たのは日本橋高島屋の『唐招提寺障壁画展』(1975<昭和50年>/5/8〜5/13 日本経済新聞社主催)で初公開の群青と緑青の鮮やかな「山雲」「濤声」でした。2回目は「揚州薫風」「黄山暁雲」「桂林月宵」など薄墨のものでした。このとき、東山魁夷が使った古墨は中村岳陵からいただいた由緒ある墨だったといわれています。こちらは、日本橋の三越美術館での『第二期唐招提寺障壁画展…水墨による中国山水』(1980<昭和55年&rt;/2/26〜3/16 日本経済新聞社主催)で、いずれもデパートでの展覧会でした。
 第3回目は東京国立近代美術館で開かれた「東山魁夷展」(1981<昭和56年>/8/14〜9/27)でした。これは東山魁夷の作品が一堂に会した大回顧展でした。
 当時、家族連れで竹橋の近代美術館にゆきました。見終った後、出口のところで東山魁夷ご夫妻が椅子に腰掛けておられるのを偶然に目にしました。私が冗談交じりに、「あの方が、このきれいな絵を描いた絵描きさんだよ。ご挨拶してきたら……」といったところ、意外にも小学生の娘二人は、もの怖じもせず東山ご夫妻に駆け寄り「おじちゃん、こんにちは。今日はきれいな絵を沢山見せていただきありがとうございました。」といいました。すると東山画伯は「お嬢ちゃん、私の絵を見に来てくれてありがとう。これからも、もっともっと見てね。」と娘の頭をなでながら優しい言葉をかけていただいたのです。今では一児の母となっている娘も、そのときの画伯の温和なお人柄は印象深く今でも心に残っているようです。そのため、この「東山魁夷展」は、わが家にとって思い出深い展覧会となりました。
 東博での「唐招提寺展」は、御影堂をそのまま復元する形で障壁画と厨子絵の全点を拝見できたことで臨場感も充分でした。それに加えて、いろいろな意味で、感激し学ぶことが多かった特別展でもありました。それだけに金堂が修復を終えた暁には、一日でも早く唐招提寺へ行き、思い出を再現したい気持ちで一杯です。

東博で開かれた仏教と寺院に関する特別展(2002/4〜2006/3)
開催期間   展示形式 展覧会名 会 場
t 2002/4/23 − 5/19 特別展 雪舟…没後500年 平成館
2002/8/20 − 10/6 特別展 シルクロード…絹と黄金の道 平成館
(日中国交正常化30周年記念)
2003/10/31 − 12/14 特別展 国宝 大徳寺聚光院の襖絵 平成館
2003/1/15 − 2/23 特別展 大日蓮展(立教開宗750年記念) 平成館
2003/3/25 − 5/5 特別展 西本願寺展(御影堂平成大修復事業記念) 平成館
2003/6/3 − 7/13 特別展 鎌倉…禅の源流(建長寺創建750年記念) 平成館
2004/1/20 − 2/29 特別展 南禅寺(亀山法皇700年御忌記念) 平成館
2004/3/2 − 4/11 特別公開 法隆寺 国宝 夢違観音…白鳳文化の美の香り… 法隆寺宝物館
(十七条憲法制定1400年記念)
2004/4/6 − 5/16 特別展 空海と高野山(弘法大師入唐1200年記念) 平成館
2004/7/27 − 8/22 特別公開 国宝 吉祥天画像(薬師寺東京別院落慶記念) 表慶館
2004/11/2 − 12/12 特集陳列 高貴寺所蔵 慈雲の書 本館
2005/1/12 − 3/6 特別展 唐招提寺展…国宝 鑑真和上像と盧舎那仏… 平成館
(金堂平成大修理記念)
2005/3/8 − 4/17 特別公開 中宮寺…国宝 菩薩半跏像… 本館特別5室
2005/9/21 − 10/16 特別公開 国宝 仏頭 本館特別5室 
2006/2/21 − 4/16 特別公開 国宝 天寿国繍帳と聖徳太子像 法隆寺宝物館
2006/3/28 − 5/7 特別展 最澄と天台の国宝 平成館


 IDE・トピックス No.17 (2006.09.20) 
( )内は、見学した月/日です。
1.「ピカソとモディリアーニの時代…リール近代美術館所蔵…」 (9/8)      
   会 期:2006.9.2〜10.22
  会 場:渋谷 Bunkamura ザ・ミュージアム
  観覧料:一般 1300円
  問合せ:03-3477-9252
 北フランスのリール近代美術館が所蔵するモダン・アートのコレクションの中からモディリアーニの作品12点やピ カソ、ビュッフェ、ブラック、レジェ、カンディンスキー、ミロといった20世紀を代表する画家たちの作品約100点が展示されています。20世紀美術のコレクションで知られるリール近代美術館の所蔵品が日本で公開されるのは初めてです。

2.「楽茶碗…赤と黒の芸術…」(開館一周年記念特別展)
  会 期:2006.9.16〜11.12
  会 場:日本橋室町 三井記念美術館
  観覧料:一般 1000円
  問合せ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
 つい最近、開館したと思っていたのですが、早くも1年が過ぎてしまいました。初代長次郎の赤楽茶碗 銘「一文字」、道入の赤楽茶碗 銘「鵺」を初め、現在の15代樂吉左衛門まで430年間にわたる楽家歴代の楽茶碗が展示されます。楽茶碗として私が最も早くから好きになった重文の「俊寛」に再び会えるのが楽しみです。

3.「第53回日本伝統工芸展」
  会 期:2006.9.26〜10.08
  会 場:日本橋 三越本店 7階ギャラリー
  観覧料:無料
  問合せ:03-3241-3311(大代表)
 今年は53回目の展覧会です。初めて見たのは第8回ですから、40年以上も前のことです。伝統の技術を駆使して斬新な感覚で創造する工芸に心を打たれて見続けてきました。石黒宗麿、加藤土師萌、富本憲吉、浜田庄司など人間国宝の作品を見るようになったのもこの展覧会が契機でした。陶芸のみならず、木工、金工、染織など現在日本の最高水準の工芸を堪能できる展覧会です。

4.「花鳥画への誘い」・同時開催「中国陶磁にみる植物文様の世界」  (9/15)
  会 期:2006.9.9〜12.23
  会 場:白金台 松岡美術館
  観覧料:一般 800円
  問合せ:03-5449-0251
 円山応挙、酒井抱一など江戸時代の華麗な花鳥画を中心に展示されています。私は、同時開催の「中国陶磁にみる植物文様の世界」の方に魅力を感じました。牡丹、芍薬、菊、葡萄、桃、蓮などの文様が華やかに繰り広げられる中国陶磁の名品が数多く展示されていたからです。 

5.「仏像…一木にこめられた祈り…」
  会 期:2006.10.3〜12.3
  前期:10/3〜11/5 国宝「菩薩半跏像(伝如意輪観音)」(宝菩提院願特寺)
  後期:11/7〜12/3 国宝「十一面観音菩薩立像」(滋賀・向源寺)
  会 場:上野 東京国立博物館 平成館
  観覧料:一般 1500円   前後券 2000円(10/2まで発売)
  問合せ:03-5777-8600
 奈良・平安仏から円空・木喰まで、一本の木材から仏像を造り出す一木造り(いちぼくづくり)の名宝146体(うち国宝、重文45体)が平成館に集結します。白洲正子、井上靖、土門拳などの心を魅了した像として知られている国宝「十一面観音菩薩立像」(滋賀・向源寺)は寺外では初公開だそうです。

6.「和美の会」…2006東美アートフェア 秋 …  
  会 期:2006.10.6〜10.8(3日間のみ)
  会 場:新橋 東京美術倶楽部
  観覧料:無料
  問合せ:03-3432-0191
 東京の有名な美術商90店余が集まって年2回開催する展示会で、茶道具を初め絵画、書など古美術が展示されます。会場の東京美術倶楽部へ行くだけで、厳選された東京の古美術店を一日でひと廻りできます。親しくなった店の方々と話をするのも楽しみです。
 毎年、7月(中元)と12月(歳末)にここで開かれる「正札会」は、東京で最も伝統のある骨董市で、約1万点が展示即売されます。
 以上

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