My Museum 東京国立博物館 「柳緑花紅(改訂版)」    
平成18年8月20日
東博の「平常展」のススメ
井 出 昭 一
東博の平常展は“常設展”ではありません
 かつて東京国立博物館(東博)では、秋になると特別展が開催されていました。現在とは違って情報が乏しかったため、ことしはどんな特別展なのかと“美術の秋”を待ち望んでいた頃が懐かしく思われます。近年では特別展・特別公開は年間5〜6回も開催されています。したがって、展示替えのわずかな期間以外は常に特別展が開かれて“美術の秋”ということばは、もはや死語になりつつあります。
 ところが、東博に行って特別展を見ても、そのまま帰ってしまう来館者がほとんどのようです。その第一の理由は、特別展を見るだけで疲れてしまうからです。特別展は年々大規模になって展示数が多くなってきています。人気のある特別展などでは、入場制限をされて、会場に入る前から一時間近くも並ばされます。ようやく会場に入っても人の波に押し流され、作品をゆっくり鑑賞するなどとは程遠いこともあります。人の混雑でエネルギーを使い果たして、とても平常展までは足が向かなくなるというのが実態のようです。
 第二の理由は、東博の“平常展”がいかに素晴らしいかが知れ渡っていないことです。それは、“平常展”と“常設展”と同じものだと混同している人が意外に多いことです。一般に「常設展」とは、その美術館が所蔵する美術品を恒常的に展示するものです。東博はその所蔵品が11万件を超えて、個々の点数にすると100万点以上ともいわれ、文字通り桁違いに膨大な数です。平常展で展示できる数は、展示スペースの関係から2500〜3000件です。したがって東博では平常展といっても、いつも同じ作品が展示されているわけではなく、定例的に展示替えが行われているわけです。仮に毎月展示替えをしたとしても、34〜40ヶ月、およそ3年をかけなければ東博のすべてを見ることはできない計算になります。

「中国書画精華」は特別展並み
 平成16年9月、東博は本館を日本美術の殿堂「日本ギャラリー」として、その展示方法を一新しました。1階は“分野別展示”で、彫刻(仏像)、陶磁、金工、漆工、刀剣、民族資料、近代絵画など同じ分野の作品を一度に数多く見ることができます。2階は“時代別展示”で、およそ12000年前に始まる縄文時代の土器、土偶から江戸時代の浮世絵まで、日本の文化と美術の流れを短時間で把握できるわけです。
 東博では作品保護の見地から、分野ごとに展示の期間が異なっています。例えば、浮世絵は4週、絵画・書跡は6週、陶磁などの工芸品は3ヶ月で、それぞれの分野で定期的に展示替えが行なわれています。したがって、本館の1階と2階を丹念に歩くと、いつでも日本美術の多数の名品に巡り会うことができます。
 正門を入って右手の東洋館は「アジアギャラリー」として、日本を除く東洋の美術、すなわち中国、朝鮮、その他アジアの優品が展示されています。特別展に来て本館を見学する人はいても、この東洋館まで足を延ばす人は本当に数少なく残念です。名品が多く展示されているにもかかわらず、法隆寺宝物館と同様、常に来館者が少ないところです。逆の見方をすれば、東洋美術の愛好者にとっては、いつでも落ち着いて好きな作品を心行くまで堪能できる穴場だともいえます。
 毎年秋に東洋館で開かれる特集陳列の「中国書画精華」は、平常展とはいえ決して見逃せない“特別展級”のものです。梁楷の国宝「雪景山水図」、重文「李白吟行図」、李迪の国宝「紅白芙蓉図」、李氏の国宝「瀟湘臥遊図巻」、圜悟克勤の国宝「印可状(流れ圜悟)」といったように、国宝、重文クラスが勢ぞろいすることもあります。これほど恵まれた環境で中国の名画や書跡を堪能できる場所は他にはないのではないかと思います。今年の「中国書画精華」は、9月5日から10月29日まで、東洋館の第8室で開かれます。本館の東側でスイフヨウの花を見たあと「紅白芙蓉図」に会えるのを今から楽しみにしています。
















































「東博ニュース」と「日本美術の流れ」は便利な資料
 東博で平常展を楽しむためには、まず本館のインフォメーション・カウンターで「東博ニュース」を入手してください。隔月発行で無料ですが、色刷りも美しく、東博の展示概要・イベントなど情報が満載されています。また、2階に上がって1室入口に置かれている「日本美術の流れ」(モノクロ印刷)も、時代別に代表的な作品が判りやすく解説されていますので大変便利な資料です。
 さらに、詳しく最新の情報を知るには、東京国立博物館のホームページをご覧ください。まず東博のホームページ(http://www.tnm.jp/を開き、右上の「展示」をクリックし、さらに「平常展」をクリックします。本館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館と展示館別になっているので、好みの館の状況を知ることができます。
 例えば、「茶の美術」の部屋を見たければ、「茶の美術」をクリックすると、本館2階の4室の場所が明示され、現在展示されている作品のリストが見られます。画像・解説という表示にある作品は、さらに写真と解説もついていて便利です。インターネットで注目すべきもの、特集陳列、展示室、イベントなどを予めチェックしておいて出かければ東博もより効率的に活用できるのです。
 そこで、現在、東博の主な展示品を「東博ニュース」と「日本美術の流れ」と東博のホームページで展示室毎に調べてみました。別表のとおり、まさに各時代、各分野の日本美術の名品が並んでいることが明白です。 (陶磁に関しては、前回詳しく紹介しましたので今回省略しました。)
 東博の平常展は、安い入館料(一般は420円、満65歳以上の高齢者は無料)で、静かな雰囲気の中でゆっくりと名品に出会えることができるところです。
 注:今年の10月1日から、東博の観覧料が改定されます。
   一般は600円(現行420円)となり、現行では65歳以上の高齢者は、平常展は無料ですが、これが70歳以上   に引き上げられます。パスポートの年会費が現行の3000円から4000円に改定されます。パスポートを利用さ   れる方は、9月中に購入することを推奨します。

展示以外でも東博を有効活用したい
 ただ作品を展示するだけではなく、東博では定例的に列品解説、講演会が開かれています。「列品解説」は、毎週火曜日2時から30分ほど、東博の研究員が展示品を前にして詳しい解説をする、いわゆるギャラリートークです。 
 また、「月例講演会」は、月1回、土曜日の1時30分から3時まで平成館大講堂で開かれます。いずれも聴講は無料です(当日の入館料は必要ですが)。
 私の場合は、テーマ・講師などを東博ニュースや東博ホームページで予め確認して、その前後を活用して平常展の目ぼしいところを見ることにしています。列品解説の会場では、元東博ボランティアと顔を合わせる事が多く、ここが作品や展覧会などの情報交換の場にもなっていて、“ポスト東博ボランティア”の楽しみのひとつです。
 東博は広いので疲れたら東洋館のレストラン「ラコール」あるいは、法隆寺宝物館の「ホテルオークラ・ガーデンテラス」で一休みして英気を養い、さらに見学を続ければ良いのです。喉を潤す程度なら、平成館の1階のラウンジに飲み物の自販機が置かれています。
 特別展のないときに、一度東博にいって、本館でも、東洋館でもゆっくり歩いてみてください。数が多いので、自分の興味あるところだけ立ち止まれば良いのです。日本と東洋の美術の本物に出会えます。きっと懐かしいもの、珍しいもの、思いがけないものに巡り会えることは確実です。東博とは、そんなところです。いつ訪ねても、新たなときめきを感じるところが東博です。


平常展の主な展示品 (予定を含む。陶磁については前回の表を参照願います。)       006.8.20
テーマ 展示館 展示室 開始日 終了日 主な展示品
(●国宝、◎重文、○重美)
 彫刻 平常展 本 館  1階 12室A 2006/6/27 9/18 ◎菩薩立像
◎阿弥陀如来坐像
 漆工 平常展 本 館  1階 13室 2006/6/20 9/18 ●八橋蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳作
 動物
  親と子のギャラリー
  「博物館の動物園」
特集陳列 本 館  1階
 14室(工芸)
2006/7/4 9/3 ◎獅子・狛犬
◎蝶形磬
○猪形土製品
◎鷲置物 鈴木長吉作
白楽獅子香炉 常慶作
鯰 高村光太郎作
白磁兎像 百齢長耳 津田信夫作
 茶の湯釜を楽しむ 特集陳列 本 館  1階
 14室(工芸)
2006/9/5 10/20 ◎浜松図真形釜 芦屋
○山吹文真形釜 芦屋
 近代美術 平常展 本 館  1階 18室 2006/7/19 8/27 游刃有余地 横山大観筆
黒髪 鏑木清方筆
維盛高野の巻 前田青邨筆
 新たな国民のたから
(文化庁購入文化財展)
特集陳列 本 館  2階
 特別1・2室
2006/8/8 9/3 ●太刀 銘「正恒」
◎文選集注
◎紙本著色浜松図
色絵樹下人物文八角大壺
西行法師行上絵詞 俵屋宗達筆
 佐竹本三十六歌仙 特集陳列 本 館  2階
 特別1室
2006/9/5 10/1 ◎佐竹本三十六歌仙絵巻断簡
  (小野小町、壬生忠峯、
   藤原興風、住吉明神)
懐月堂派の肉筆浮世絵 特集陳列 本 館  2階
 特別2室
2006/9/5 10/1 遊女と禿図 懐月堂安度筆
○立美人 懐月堂度辰筆
 仏教の興隆
  (飛鳥・奈良)
平常展 本 館  2階 1室A 2006/7/19 8/27 ●興福寺鎮壇具
月光菩薩立像(模造) 竹内久一作
 国宝室 平常展 本 館  2階 2室 2006/8/1 8/27 ●虚空蔵菩薩像
 国宝室 平常展 本 館  2階 2室 2006/8/29 9/24 ●一遍上人伝絵巻
 仏教の美術
  (平安〜室町)
平常展 本 館  2階 3室@ 2006/7/19 8/27 ◎一遍上人絵伝(遊行上人伝絵巻)
 宮廷の美術
  (平安〜室町)
平常展 本 館  2階 3室A 2006/7/19 8/27 ◎和漢朗詠集巻下(益田本)
 宮廷の美術
  (平安〜室町)
平常展 本 館  2階 3室A 2006/8/29 10/9 ◎寸松庵色紙
 禅と水墨画
  (鎌倉〜室町)
平常展 本 館  2階 3室B 2006/7/19 8/27 ◎李白観瀑図 惟肖得巌賛
 茶の美術 平常展 本 館  2階 4室 2006/6/6 9/24 ◎青磁j形花入
彫三島茶碗 銘「木村」
 武士の装い
  (平安〜江戸)
平常展 本 館  2階 5室E 2006/6/6 9/3 ◎白糸縅鎧
 屏風と襖絵
  (安土桃山・江戸)
平常展 本 館  2階 7室 2006/8/8 9/18 ●納涼図 久隅守景筆
◎夏秋草図屏風 酒井抱一筆
 暮らしの調度
  (安土桃山・江戸)
平常展 本 館  2階 8室@ 2006/7/4 10/9 天香具山蒔絵鏡台
白濁釉手付鉢 高取
 書画の展開 平常展 本 館  2階 8室A 2006/7/23 8/31 ◎兎道朝暾図 青木木米筆
○帰去来図  谷文晁筆
酔李白図 池大雅筆
王昭君図 久隅守景筆
郭子儀携小童図 円山応挙筆
 浮世絵ー人びとの絵姿 平常展 本 館  2階 10室A 2006/8/15 9/10 ◎婦人相學十躰・浮気の相 歌麿筆
○見立菊慈童 鈴木春信筆
 中国書画精華(書)
  唐・宋・元・明
特集陳列 東洋館  8室 2006/9/5 10/29 ●古文尚書巻第六
●碣石調幽蘭第五
●世説新書巻第六
●王勃集巻第二十九・三十
 中国書画精華(前期)
  宋元画
特集陳列 東洋館  8室 2006/9/5 10/1 ●紅白芙蓉図 李迪筆
●瀟湘臥遊図巻
●十六羅漢図
 中国書画精華(後期)
  宋元明画
特集陳列 東洋館  8室 2006/10/3 10/29 ●寒山拾得図 因陀羅筆
◎李白吟行図 梁楷筆
◎猿図 伝毛松筆
 ヨーロッパ先史時代
 (石器、土器、青銅器)
特集陳列 東洋館  10室 2006/9/5 12/3 (100年前プロイセン王立博物館
との交換品)
 伎楽面 法隆寺
宝物館
第3室 2006/8/1 8/27 ◎獅子児など32件を展示。
年3回春夏秋の各1か月のみ公開。


 IDE・トピックス No.15( 2006.08.20) 
( )内は、見学した月/日です。
1.「始皇帝と彩色兵馬俑展
     …司馬遷『史記』の世界…」(8/11)                     

  会 期:2006.8.1〜10.9
  会 場:両国 江戸東京博物館
  観覧料:一般 1300円(65歳以上 650円)
  問合せ:03-3626-9974
 司馬遷の『史記』を背景に、秦の始皇帝の兵馬俑と関係する文物資料が展示されています。彩色された兵馬俑がはじめて公開され、色彩的にも豊かだったことがわかります。ちょうど6年前、会社の同期会〔五輪会〕の旅行で、西安の兵馬俑坑博物館を訪れた時のことが思い出され懐かしくなりました。






2.「美術のなかの写(うつし)…美術の遊びとこころ…」(7/30)

  会 期:2006.7.11〜9.3
  会 場:日本橋  三井記念美術館
  観覧料:一般 800円
  問合せ:03-5777-8600
 優れた美術品を「写す」ことに焦点を絞り、様々な見地から紹介しています。圧巻は、丸山応挙の国宝「雪松図屏風」を国井応陽がそのまま写したものが並んでいることです。国宝の茶室「如庵」の写しも見逃さないでください。
3.「ペルシャ文明展…煌く7000年の至宝…」(8/15)
  会 期:2006.8.1〜10.1
  会 場:上野公園 東京都美術館
  観覧料:一般 1400円(65歳以上 700円)
  問合せ:03-5777-8600
 ペルシャ文明の歴史の古さをまざまざと見せ付けられた展覧会でした。この展覧会での最も新しい時代のものでもササン朝ペルシャ(226−651年)なのですから・・・。
4.「不折と子規・?外・漱石…中村不折生誕140周年…」(8/15)
  会 期:2006.7.8〜9.30
  会 場:根岸 台東区立書道博物館
  観覧料:一般 500円
  問合せ:03-3872-2645
 画家、書家、コレクター(中国書法史に関する文物)という3分野において大きな足跡を残した中村不折の生誕140年を記念して、不折の油彩画、水彩画、デッサン、南画、挿絵(夏目漱石の 「我輩は猫である」)、表紙絵(島崎藤村の「若菜集」)、書などの多岐にわたる芸術活動を紹介すると同時に、正岡子規、森?外、夏目漱石など不折と親交のあった明治の文豪の書簡などを展示しています。本館には中国書法史上貴重な石碑、墓表、石経などの文字資料が常設展示されています。向いには、子規庵がありますので、初めての方にはお勧めです。
5.「花鳥風月…日本とヨーロッパ…」
 (第12回秘蔵の名品アートコレクション展)(8/18)
  会 期:2006.8.3〜8.24
  会 場:虎ノ門 ホテルオークラ東京
      アスコットホール(別館地下1階)

  観覧料:一般 1200円
  問合せ:03-3505-6110
 このアートコレクション展は、企業、団体、個人が所蔵していて日頃はなかなか目にすることができない絵画を集めて公開し、純益のすべてをチャリティーとして寄贈するというユニークな美術展で、毎年テーマを決めて開催しています。今年は12回目ですが、私の知人の井出洋一郎氏が企画・監修していた関係で、初回から見続けている展覧会です。 モネの睡蓮の秀作、陽明文庫所蔵の「四季花鳥図屏 風」、竹内栖鳳の代表作「蹴合」、伊藤若沖のめずらしい拓版画なども展示されています。

6.「金色の織りなす異空間…館蔵日本美術による…」(8/18)

  会 期:2006.8.3〜10.1
  会 場:虎ノ門 大倉集古館
      (ホテルオークラ東京本館正面玄関前)

  観覧料:一般 800円
  問合せ:03-3583-0781
 国宝「古今和歌集序」(伝源俊頼筆)が特別公開されています(8/3〜9/3期間限定)。巻全部が広げられていますので、そのすばらしい料紙の美しさを堪能できます。田中親美の平家納経の模本も見事です。8巻のうち4巻は広げて展示されています。装飾経の最高傑作を4巻もまとめて拝見し感激しました。

7.「近代洋画の巨匠たち…浅井忠、岸田劉生そしてモネ…」
 (住友コレクション)(8/18)
  会 期:2006.8.5〜10.9
  会 場:六本木 泉屋(せんおく)博古館 分館
  観覧料:一般 520円
  問合せ:03-5777-8600
 住友春翠(住友家15代家長 住友吉左衛門友純)は茶道具の蒐集で有名ですが、今回はそのコレクションのうち、モネの初期の作品、浅井忠の水彩画など近代洋画が展示されています。岸田劉生の「二人麗子図(童女飾髪図)」は、1枚のキャンバスに二人の麗子を描いたもので、数ある麗子像のなかでも珍しい作品です。ホテルオークラ東京から至近距離のところですから、上記の二つの展覧会と併せて見ることができます。

 以上