MyMuseum東京国立博物館「柳緑花紅」(改訂版)
平成18年8月5日
東博で陶磁探訪を楽しむ
井 出 昭 一
東洋陶磁の本物が並ぶ教科書
 東博は日本の陶磁に関しては時代別、代表的な窯別のものが網羅されていると言っても過言ではなく、中国、朝鮮半島を初めアジアの国々の陶磁も一覧できる国内唯一の場所です。したがって、東博はまさに本物が勢ぞろいしたもっとも素晴らしい東洋陶磁の教科書といえるわけです。しかも、これらの作品は3〜5ヶ月のローテーションで陳列替えが行われていますから、絵変わりの教科書だともいえます。
 東博には、日本陶磁と東洋陶磁がそれぞれ約3千件収蔵されています。国宝に指定されているものはありませんが、重要文化財は日本陶磁10件、東洋陶磁が11件あります。このほか東博には、寺院、団体、個人から約200件の陶磁が寄託されていてこれらも順次展示されています。国宝の秋草文壺(慶應義塾蔵)、青磁花生(アルカンシェール美術財団蔵)がその代表的なものです。
 また、東博の陶磁の特色は、寄贈品コレクションが多いことです。中国陶磁の横河(民輔)コレクション、広田(松繁)コレクションを初め松永安左エ門(耳庵)が寄贈した茶道具などが有名です。
 平成16年9月、東博では開館以来といわれるほどの展示方法のリニューアルを実施しました。リニューアル以前、日本陶磁は現在の彫刻〔仏像〕が展示されている部屋(本館1階の11室)全部を陶磁展示室として約80件の陶磁が展示されていました。現在、東博で日本陶磁の展示されている部屋は1階13室の約3分の1のスペースで40件前後が展示されています。
単純に比較すると、陶磁の展示スペースが狭くなって、展示件数も減ったかのように見えますが、決してそうではありません。

注:リニューアルの際に、東博本館の展示室の番号が変わりました。1階ではエントランスホールの右から分野別展示の11室が始まり20室となり、2階が1室から10室まで時代別展示となりました。以前から馴染んできた人にとっては混乱させ、初めて来館した人には奇異な感じを与える変更だったと思います。


 現在、東博で陶磁が展示されている部屋は本館の13室の陶磁展示室ばかりではなく、平成館にも、東洋館にも多数展示されています。全館で展示されている陶磁の件数を数えてみたところ360件余にのぼりました。東博を歩いていますと、思いがけないところで懐かしい陶磁に巡り会うことがあります。

注:数え方が難しいですが、須恵器以降の陶磁が展示されている場所をカウントし、縄文・弥生土器・陶片類は除きました。別表「東博で陶磁が展示されている部屋と主な展示品」をご覧下さい。


日本のやきもののルーツを探る…平成館(考古展示室)
 去る7月25日、この“東洋陶磁の教科書”のすべてのやきものを見るために要する時間と歩数を計ってみることにしました。東博の建物は大きくて複雑ですが、無駄なく効率よく陶磁の展示されている部屋・スペースすべてを探訪してみようとしたわけです。(物好きですね。)
 午後3時に正門からスタートし、まず平成館に向いました。この日、平成館では特別展「若冲と江戸絵画展」の開催中で多少混雑していましたが、開催されていないときは閑散としています。平成館に入って1階を右に折れると考古展示室です。ここでは、縄文土器から始まり、江戸時代まで時代毎の発掘品が数多く展示されています。
 入口には、いきなり国宝が出てきて驚きます。「時代を代表する4つの名品」として、有名な国宝「秋草文壷…神奈川県川崎市南加瀬出土」(慶應義塾蔵)が一番右端のガラスのケースに展示されています。
 そこを過ぎると、通史展示とテーマ展示に分かれますが、通史展示では、歴史時代のなかを奈良時代、平安時代、平安末〜室町時代、安土桃山〜江戸時代とわけて、各時代を代表する陶磁が次々に現れます。
 テーマ展示「須恵器の展開」として壷、甕、高坏をはじめ装飾付須恵器も勢揃いしています。“やきものファン”にとって、この考古展示室での見どころは、「奈良三彩」以降です。日本の陶磁が、いかに中国大陸、朝鮮半島の影響を強く受けたかを示す判り易い展示になっています。















随所で日本のやきものに対面…本館
 次に連絡通路を通って本館(日本ギャラリー)に入ります。この本館1階は平成16年のリニューアルで“分野別展示”となったところです。
 まず右に折れて、近代美術(絵画・彫刻)の部屋(18室)を通り抜けると19室「近代工芸」となり、ここには東博としては最も新しい時代(といっても明治時代の作品が中心です)の陶磁の作品が展示されます。ただし、現在ここは閉鎖中で、陶磁としては18室に初代宮永香山の2点が並んでいますが、うっかりすると見落としてしまいそうです。
 さらに、1階のエントランスホ−ル、11室(彫刻)を超えて左に曲がると13室の陶磁展示室になります。ここが東博の陶磁のメイン会場です。江戸と安土桃山時代に焼かれたおよそ40件の陶磁が展示されています。教科書とか美術の解説書の登場するような代表的作品が、4ヶ月のローテーションで展示替えが行われ、陶磁愛好家には必見の場所です。



















 14室は工芸に関する特集陳列の場所で、現在は「動物」というテーマで、ここにもいろいろな動物の陶磁が並んでいます。かわいらしい香炉、香合など小品も多く器としてではなく形物としてやきものを楽しむことができます。

 ついで、15室、ここは民族資料(アイヌ・琉球)の部屋です。特集陳列「琉球の工芸」として、柳宗悦の「民藝」のルーツでもある沖縄を代表する壷屋焼が展示されています。
 16室は、「歴史資料」の展示室ですから、本来は文書などの史料が多いのですが、なんとここにも陶磁が展示されていました。それは陶磁でできた名古屋城です。ここから、17室(休憩室)を左に曲がり、先ほど通った18室の近代美術の部屋を再度通ります。(ここに、前回取り上げました鏑木清方の「黒髪」が展示中で、左上にカラスアゲハが忠実に描かれています。)















 そして正面のエントランスホールから2階へあがります。2階は、平成16年のリニューアルで“時代別展示”となり、4室の「茶の美術」と8室の「安土桃山・江戸…暮らしの調度…」に陶磁が展示されています。とくに「茶の美術」では、松永耳庵寄贈の茶道具が並ぶことが多く、狭いスペースながらも茶道具の名品に必ず会える空間でもあります。

 ちょっと道草をして特集陳列「唐様の書」の部屋を覗いてみました。書跡ばかりと思い込んでいましたら、ここにもやきものがありました。幕末の京焼の名工・青木木米の2件です。文人でもあった木米は、茶入や茶碗の詩文を書き入れているのです。予定外でしたが、好奇心からの回り道が懐かしいやきものに巡り合えた例です。
















いつでも中国・朝鮮の名品をゆっくり鑑賞できる…東洋館
 さらに東洋館(アジアギャラリー)まで足を伸ばします。この東洋館の建物は複雑で入り組んでいて説明が難しいところですが、効率よく陶磁を見歩くために、エレベータで3階に直行します。
 3階では北東アジア(朝鮮)の陶磁、2階は中国陶磁です。中国はやきもの王国だけに、「南北朝〜唐時代の陶磁」と「宋〜清時代の陶磁」と二つに分かれて展示されていますが、いずれも横河コレクションの優品をみることができます。
 中2階に下りると、そこにはクメール、タイ、ベトナムなど東南アジア、西アジア(イラク、シリア、イラン)、エジプトの陶磁までが展示されています。
 平成館の特別展に殺到するときでも東洋館は閑散としています。私にとって東洋館は、いつでも名品がゆっくり鑑賞できる息抜きのスポットでもあります。

 































 

 以上、東博で陶磁が展示されている場所をすべて歩き、東洋館を出て出発した正門に4時30分に辿り着きました。スタートしてからの所用時間は1時間30分、歩数は1万歩に僅か足らない9
,930歩でした。これは、展示されている陶磁を確認しながら歩いて時間と歩数を機械的に計ったものです。
 東博には、陶磁愛好家を惹きつけて立ち止まらせるような魅力的な作品が多く、また思いがけないところで、懐かしい作品に巡りあって、つい足が止まってしまいます。したがって、東博で陶磁をゆっくり堪能するにはどうしても半日は必要です。またそれだけ時間をかけて楽しめるところが東博です。

東博で陶磁が展示されている部屋と主な展示品             (2006.7.25現在)
展示室 時代・テーマ 内 容 主な展示品   期 間
   (開始:終了)
展示
件数
うち
陶磁
平 成 館 1階  考古 展示室 時代を代表する4つの名品 国宝「秋草文壷」(慶應義塾蔵) 2006/6/6 12/3 4 1
1階  考古 展示室 古墳時代X シルクロード経由の古墳文化 青磁蓮唐草文五耳壺、白磁碗 2006/6/6 12/3 14 5
1階  考古 展示室 奈良時代  唐から奈良、奈良から地方へ 唐三彩、奈良三彩 2006/6/6 12/3 81 13
1階  考古 展示室 平安時代 平安貴族と律令国家 青磁・白磁と緑釉・灰釉陶器 2006/6/6 12/3 39 25
1階  考古 展示室 平安末〜室町時代 武家文化の台頭 武家社会の焼き物・中国陶磁と瀬戸焼 2006/6/6 12/3 32 30
1階  考古 展示室 安土桃山〜江戸時代 武家文化の成熟 大名文化の華
…加賀前田家の国際性…
2006/6/6 12/3 46 23
1階  考古 展示室 (テーマ展示) 須恵器の展開 甕、子持装飾付壺、高杯 2006/6/20 12/10 33 33
本     館 1階 13室@ 陶磁 安土桃山から江戸前期の茶陶 銹絵観鴎図角皿、染付龍濤文提重、志野茶碗・銘橋姫、織部扇形蓋物 2006/6/20 9/18 44 44
1階 14室 工芸 特集陳列「動物」 色絵孔雀香炉、楽雀香炉(道八)、色絵都鳥香炉 2006/7/4 9/3 45 13
1階 15室 民族資料 アイヌ・琉球 特集陳列「琉球の工芸」 壺屋焼 (厨子甕、カラカラ)、
酒ヂューカー
2006/5/30 9/3 44 7
1階 16室 歴史資料 特集陳列「日本の城郭」 染付名古屋城置物〔加藤喜太郎作) 2006/6/20 8/20 30 1
1階 18室 近代美術 絵画・彫刻 初代宮川香山 2点 2006/7/19 8/27 17 2
1階 19室 近代工芸 (閉鎖中) 0
2階 1室@ 日本美術のあけぼの 縄文・弥生・古墳 壷、土器 2006/2/28 9/3 10 4
2階 4室 茶の美術 茶道具、懐石道具 青磁 形花入、彫三島茶碗・銘木村、片身替釉茶碗・銘深山路 2006/6/6 9/24 16 9
2階 8室@ 暮らしの調度 安土桃山・江戸 伊万里、鍋島、仁清、織部 2006/7/4 10/9 29 11
2階 特1・特2 企画展示 特集陳列「唐様の書」 青木木米(染付詩文四方茶壺、色絵詩文煎茶碗) 2006/7/11 8/6 28 2
東 洋 館 中2階 第3室 西アジア・エジプトの      考古美術 エジプト、イラク、シリア、イラン ラスター彩鉢、双耳壺、三彩鉢、坏、皿、 2006/3/21 07/4/1 102 24
中2階 第3室 東南アジアの陶芸 インドシア半島
(クメール、タイ、ベトナム)
大皿、平鉢、瓶、壺 2006/5/30 11/26 14 14
2階 第5室 中国の陶磁 南北朝〜唐時代の陶磁 唐三彩龍耳壺、三彩梅花文壺、白磁鳳首瓶 2006/4/18 8/27 29 29
2階 第5室 中国の陶磁 宋〜清時代の陶磁  法花楼閣人物文壺、粉彩梅樹文瓶、青花龍濤文壺、豆彩瓜蝠文皿 2009/4/25 8/27 45 45
3階 第10室 北東アジアの陶磁 朝鮮の陶磁 高麗青磁透彫唐草文箱、粉青印花文皿 2006/6/6 12/3 27 27
合  計 362




 IDE・トピックス No.14( 2006.08.05) 
 近年夏になるとなぜか陶磁展が盛んに開かれます。今年の夏も例に漏れず陶磁展が花盛りです。それらを一挙にまとめて紹介します。( )内は、見学した月/日です。
1.「萩焼の造型美…人間国宝 三輪壽雪の世界…」(7/28)
 会 期:2006.7.15〜9.24
 会 場:竹橋 東京国立近代美術館・工芸館
 観覧料:一般 800円
 問合せ:03-5777-8600
96歳の現在まで力強い萩焼の作陶を続けている三輪壽雪(十一代三輪休雪)の全貌を紹介するはじめての回顧展です。

2.「青磁の美…秘色の探求…」(開館40周年記念…やきものに親しむX)(8/3)
 会 期:2006.7.22〜9.3
 会 場:丸の内 出光美術館
 観覧料:一般 1000円
 問合せ:03-5777-8600
“砧青磁”の名品が4点も並んでいて、夏の暑さを忘れるようなすがすがしい展覧会です。国宝「青磁鉄斑文瓶」いわゆる“飛青磁”の最優品も大阪から上京して8/27〜9/3に出品されます。東京では久し振りの公開ですので、再度見に行く予定です。

3.「古伊万里 唐草」(7/22)
 会 期:2006.7.1〜9.24
 会 場:渋谷区松濤 戸栗美術館
 観覧料:一般 1000円
 (戸栗美術館のホームページを開いて割引券を持参すると800円となります。)
 問合せ:03-3465-0070
数少ない陶磁専門の美術館です。唐草文様に焦点を合せ、17世紀初頭から19世紀までの変遷とその種類を判りやすく紹介しています。

4.「富本憲吉のデザイン空間」(7/27)
会 期:2006.7.22〜9.24
 会 場:東新橋(松下電工ビル4階) 松下電工汐留ミュージアム
 入館料:一般 500円(65歳以上 400円)
 問合せ:03-5777-8600
人間国宝で文化勲章受章者の陶芸家・富本憲吉を建築デザイナーとしての知られざる側面を紹介するめずらしい企画です。明治生命館を設計した岡田信一郎とも交流があったことが判りました。なお、京都国立近代美術館でも「生誕120年・富本憲吉展」(8/1〜9/10)開催中です。

5.「民藝運動の巨匠」(日本民藝館創設70周年記念特別展)
(7/27)

 会 期:2006.7.4〜9.24
 会 場:駒場 日本民藝館
 入館料:一般 1000円
 問合せ:03−3467−4527
柳宗悦の提唱した民藝の思想に共感した陶芸家 富本憲吉、バーナードリーチ、河井寛次郎、濱田庄司、染色の芹沢_介、板画の棟方志功の代表作200点が展示されています。

6.「陶俑の美」(7/20)
 会 期:2006.4.29〜9.3
 会 場:白金台 松岡美術館
 入館料:一般 800円(65歳以上 700円)
 問合せ:03-5449-0251
キスリング、シャガールなどの「エコール・ド・パリ展」を開催中ですが、同時開催の「陶俑の美」も見ものです。唐時代の楊貴妃を思わせる美女に会うことができます。近くの庭園美術館とセットで鑑賞するのも良いでしょう。
以上