MyMuseum東京国立博物館「柳緑花紅」(改訂版)
  平成18年6月5日
東京国立博物館でのボランティア活動(3)
…自主企画活動「お茶会グループ」…
 井 出 昭 一 
今回は、私の東博における4年間のボランティア活動の中で大きなウェートを占めた自主企画活動の「お茶会グループ」を取り上げます。
試行錯誤のうえ茶会開催へ
「お茶会グループ」は、東博のボランティアで茶道に関心ある数名が、庭園内の茶室で来館者にお茶を点てて差し上げようとして、ボランティア活動を始めた平成14年に立ち上げました。
茶室の使用が許可されたものの、応挙館はしばらく使っていなかったため、ほこりが溢れ異様な匂いが篭っていて、果してここで茶会ができるのかと危ぶんだほどでした。まず、すべりの悪い雨戸を丁寧に開けて茶室の空気を入れ替え、全員で畳の拭き掃除から始めました。応挙の絵の前で、炭火を使うのは危険であり、手数もかかるので電熱器を使うことにしました。ところが、電気容量があまりにも少なく、本館で沸かしたお湯をいくつかのポットに入れて運んだりしました。茶道具もありませんので、炉縁のような大ものから、釜、花器、水指に至るまでメンバーが分担して持ち寄り、試行錯誤を重ねながら、なんとかお茶を点てられるところまで漕ぎ着けました。
まず、ボランティアだけの試行茶会を開いて自信を深めた後、野崎館長以下東博職員を来客としてのリハーサル茶会を経て、ようやく一般の来館者対象の茶会を開催するに至った次第です。
由緒ある応挙館での茶会
東博の本館北側の庭園内には5棟の茶室があります。その中で最も大きな建物が応挙館で、明治以降の最大の茶人といわれた益田鈍翁が寄贈された建物です。円山応挙の絵で埋め尽くされていることから「応挙館」と名づけられています。
ここは、佐竹本三十六歌仙絵巻が切断され、その抽選が行なわれたところであり、装飾経で有名な平家納経の模本作成のための資金集めの会場、さらには大寄せ茶会のさきがけとなった「大師会」の発端となったところで、話題の豊富な茶室でもあります。
このように、会場の茶室は歴史的にも由緒あるところですが、茶会で使う茶道具は残念ながら東博の収蔵品は使えません。東博には松永耳庵が寄贈した茶道具の名品が数多くありますが、これらは収蔵品として登録されていて、ボランティアは手を触れることもできないからです。われわれが使う茶道具は、館(東京国立博物館)が新たに購入していただいた稽古用道具で、東博での扱いは「美術品」ではなく「備品」です。東博の茶道具の名品は展示室で見学するほかはないのです。
東博で展示品を見てきた方には、応挙の絵を眺めながらゆっくりと休息をしていただき、展示品をまだ見ていない方にはこれから見るためのヒント、見どころ、お奨めの展示室・作品などを案内することにしていました。
流儀に捉われず“茶室トーク”でリラックス
ボランティアによる応挙館での茶会は、茶会といっても正式な茶会ではありません。お客様から「本日の流儀は?」と訊かれれば、「東博耳庵流です」と答えていました。なぜかといえば、東博庭園内の茶室を使い、松永耳庵のやり方を真似して、流儀、作法に捉われない方法でお茶を差し上げていたからです。茶会グループのメンバーが心がけていたことは、季節の香りの豊かなお菓子を添えて、心のこもった美味しいお茶を肩苦しくなく、決して形にこだわらず、気楽な気持ちで、静かな雰囲気の中で味わっていただくことでありました。
通常、茶会での話題は、茶道具が中心となりますが、応挙館では、茶会を開いた時に東博に展示されている作品とか、それに関連した収蔵品の話題、東博と関係深い明治以降の数寄者に関することなどを取り上げてきました。学芸員(研究員)のような専門的な解説ではなく、ボランティアの立場での気楽な“茶室トーク”は、結構好評のようでした。
例えば、井上世外と博物館の創立者町田久成の碑、益田鈍翁と応挙館、原三溪と春草廬、原コレクションとその行方、松永耳庵と春草廬、茶道具の関係など……。さらには、これら数寄者間の交流も興味深く面白いテーマです。東博の国宝「孔雀明王図」についての世外と三溪とのやり取り、大井戸茶碗「有楽」をめぐる鈍翁と耳庵の競り合いなど話題には事欠かくことはありませんでした。
これまでに来館者を対象としてほぼ毎月開催してきた茶会への参加者は2000人を超えるほどになりました。40回程度開催したにもかかわらず、雨天となったのは予約茶会の1回のみで、天候に恵まれたのは本当に幸運でした。
普段はなかなか入れない庭園内で、しかも応挙の絵に囲まれての茶会は珍しく、参加者も喜ばれたようです。11月の「留学生の日」に、館側の要請で開催した九条館での茶会では、日本文化の集約された姿として留学生にとって大変な人気で、整理券を配布すると同時に各席満席になるほどでした。日本を訪れた外国人に、東博の展示室で日本の美術品をガラス越しに見学するばかりではなく、日本独特の文化である茶会の雰囲気を実際に体験し、より深く日本を理解していただく一助になったのではないかと思います。
これからもユニークな茶会を
茶会にお客として参加された方々からアンケートを参考にしたり、終了後の反省会でのボランティアの意見をとりいれて何度もやり方を変えてきました。通常では、非公開の庭園内での開催ですから、最初から最後まで全員が一団となって行動しなければならないという制約の下では、案内・誘導を担当するボランティア要員も多く必要としました。我々としては、もっと大勢の皆さんに参加していただきたかったのですが、毎月1回、1席約30名で2席ということで開催してきたわけです。
それでも、「次回も参加したいのですが、開催はいつですか?」とか「今まで庭園にも入れなかったのに、庭園内の茶室でお茶を飲めるなんて、まるで宝くじに当たったみたいです」、「次回は他の茶室でも開催ほしい」、「今度は友人にもこの雰囲気を味合わせたい」など高い評価もいただき、大変あり難いことだと思っています。
今年の3月で、“茶会創立会員”は、全員が“ボランティア任期”満了となりましたが、これからも来館者がゆっくりとくつろげて、東博のボランティアだけにしかできないユニークな茶会を末永く続けるよう願っているところです。
IDE・トピックス No.10 ( 2006.06.05)
1.「坂本繁二郎展」(石橋美術館開館50周年記念)
   期 間  2006.6.16〜7.8
   場 所  京橋 ブリヂストン美術館
   入場料  一般 1000円、65歳以上 800円
   問合せ 03−5777−8600
 独自の道を歩んだ洋画家 坂本繁二郎の24年ぶりの本格的回顧展で、その全貌を150点の作品と20点の資料で紹介します。毎週金曜日(18:00−19:00)と日曜日(16:30−17:30)には、担当学芸員による展示解説がおこなわれます。以前、同美術館の青木繁展の解説を聴きましたが、内容が充実していて感銘を受けました。今回も機会を見つけて参加しようと思っています。
2. 「柳宗悦の蒐集」(日本民藝館創設70周年記念特別展)
   期 間  2006.4.4〜6.25
   場 所  駒場 日本民藝館
   入場料  一般 1000円
   問合せ 03−3467−4527
日本民藝館の創設者柳宗悦が半世紀にわたって蒐集した17,000点の所蔵品のなかから、陶磁、染織、絵画、木漆工などの工芸品の各分野から、代表的な優品400点が展示されています。道路を挟んで向い側には、旧柳宗悦邸が45年振りに修復・復元されています。
気候が良いので、隣の駒場公園、日本近代文学館、旧前田侯爵邸を散策することもお勧めです。

以上