MyMuseum東京国立博物館「柳緑花紅」(改訂版)
  平成18年5月5日
東京国立博物館でのボランティア活動(1)
 井 出 昭 一
 
ボランティア応募の経緯
 明治生命での会社生活にピリオドを打ち、定年を迎えようとした直前の平成14年1月、日本経済新聞で上野の東京国立博物館(愛称「東博」…トーハク…)がボランティアを募集するという記事をみつけました。 東博は永年にわたり特別展を見てきたところで馴染みの博物館でもあったので、早速応募することにしました。
 単に必要事項を記入して申し込めば済むと思ってインターネットで東博のホームページで募集要項を照会してみたところ、「ボランティアの応募の動機」と「ボランティアとしてやりたいこと」をそれぞれ800字以内にまとめて提出せよとのことでした。「答案」を提出し、久しぶりに入学試験を受けた気持ちで結果を待ったところ、「めでたく」合格となった次第です。「めでたく」というのは、150名採用予定に対して応募者が思いのほか多かったということを後の研修期間中に知ったからです。
 ボランティアといえば、まず福祉に関するボランティアを思い浮べますが、東博のボランティアは「文化ボランティア」として見られています。「文化ボランティア」とは、河合隼雄京大名誉教授()が平成14年1月、文化庁長官就任の会見で語ったことから急速に広まった言葉で、文化芸術を自ら親しむとともに、他人がそれを親しむのに役立てたり、お手伝いするボランティア活動を指すようです。
 (注) 河合文化庁長官は、東博の表慶館のエントランスホールでのコンサートの開催を提言され、最初に開かれたバロックコンサートに出席されたばかりではなく、素人離れのフルートの演奏をされ、その幅の広さに感激しました。

ボランティア活動の内容
 東博でのボランティアは正式には「生涯学習ボランティア」といい、私がボランティアをはじめた平成14年度の時点で館から要請された活動は2つありました。
 一つは、館が主催する講演会、列品解説(ギャラリートーク)、ワークショップなど各種イベントの補助・手伝いをする「普及活動部門」と、もう一つはインフォメーションカウンターでの来館者に対する案内・各種問合せに応対する「インフォメーション部門」です。ボランティアとしての“義務”は月2日間以上活動することでしたが、私の場合、両部門に登録したので、自主的に月4日以上東博に行くことにしていました。

 原則として毎週火曜日に開かれる列品解説の補助・手伝いには積極的に参加しました。当日の案内看板の設置、資料の印刷と会場での配布、来館者の誘導などを通じて、まさに「文化ボランティア」としての楽しく有益な活動ができました。
 「インフォメーション部門」では、来館者と接するところであるだけに、いろいろなことに対応しなければならず、覚えることも多く緊張の連続でした。来館者から寄せられる感想、意見、苦情などは、生の声だけに学ぶことが多く、やりがいのある部門でした。ただ、2年後には「インフォメーション部門」がボランティア活動から切り離されてしましたので、急に寂しくなった感じになりました。
 館から要請された以外のボランティア活動として、「自主企画活動」があります。これは、ボランティアが企画立案し館と協議して了承を得たうえで実施する活動で現在10を超える自主企画グループが活動中です。私が参加していたグループは、陶磁展示室でやさしい解説をする「陶磁エリアガイド」、庭園内の茶室(主として応挙館)でお菓子と抹茶をいただきながら東博の展示品などのお話をする「お茶会」、本館北側の庭園内に点在する5棟の茶室を案内する「庭園茶室ツアー」、法隆寺宝物館の見どころを案内する「法隆寺宝物館ガイド」でした。
 いずれのグループもその立ち上げから参加しましたので、試行錯誤の連続でしたが、準備段階での話し合いなどを通じてボランティア仲間との交流も深まり、頻繁に開かれた自主的勉強会では、お互いに調べたことを発表し合い、その際配布された資料は専門的で詳細なものも多く、私にとって今でも貴重な財産となっています。

東博のボランティア活動で得られた教訓
 私は東博には3つの魅力があると思っています。そのひとつは、多岐の分野にわたる膨大な収蔵品です。2番目は本館、表慶館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館という美しい建物群。最後は、広々とした庭園と多種多様な樹木、その庭園内に点在する由緒ある5棟の茶室など落ち着いた環境です。東博は四季を通じて楽しめるところです。こうした恵まれた環境下でのボランティア活動の任期は当初2年でしたが、継続希望者は2年延長され、今年の3月で4年となったところで終了しました。
 東博では、ボランティアに対して交通費、食事代等の支給はありませんが、金銭では評価できない知的充足、こころの安らぎ、新しい仲間との交流が得られたことで大いに満足しています。
 この4年間で、ボランティア活動についていろいろ学ぶことができました。ボランティア活動はグループ活動です。グループで活動するにはルールがあり、それを守ることが基本です。他人に迷惑をかけたり、不快な感じを与えてはなりません。ボランティア活動は「楽しく、仲良く」が大前提だと思います。
 また、博物館・美術館の役割は、展示品を通じて来館者に新らたな感動を与え、心の安らぎを提供することです。来館者との接点が一番多いボランティアの最も重要な使命は、来館者とのパイプ役を果たし、その距離を縮めることです。入館から退館まで、来館者を心地よい雰囲気で包み込むためには、明るい笑顔で挨拶を忘れないこと、常に相手の身になって考えること、誠実な態度・丁寧な言葉づかいで応対すること、清潔な服装に心がけることが大切です。来館者に「来て良かったなあ」、「また来たい。今度は家族や友人を連れて来たい」というような爽やかな印象を持ち帰っていただき、愛好者をひとりでも多く増やすこと、これがボランティアに課せられた大切な役割だと思います。
また、案内をしたり、ガイドをするに際して必要なことは、まず心身共に健康を保つことです。風邪で咳き込んだり、また心に悩みを抱えて暗い表情を見せるなら、来館者に不快な印象を与えてしまうからです。
次に大事なことは、常に好奇心と研究心を持ち、それを継続することです。インターネットで最新の情報を幅広く収集し、美術品に可能な限り数多く接するよう心がけることも大切です。そして、純粋な心で作品を見つめ、感動したらさらに深く調べ、美術関係の講演会、ギャラリートークなどにも積極的に参加し続けるなら、さらに奥深く知ることができるでしょう。「一を話すために、十を学ぶ」これが、ガイドの基本だと思っています。
心を豊かにするスポット“東博”
 「美術館は建物があり展示があるだけでいいというものではない。それだけだったら、美術品の陳列庫にすぎない。そこに生命を吹き込むのは人間(ボランティア)である。優れた建築空間と優れた展示方法を生かすための、人びとの息吹がなくてはならない。(ボランティアの)熱く、やわらかな、そして賢い心が満ちてこそ、美術館が生きはじめる。」(注:「美術館ボランティア 高田宏」(2001.10.27日経)に、私が括弧内を挿入しました。)
 「もの」の豊かさから「こころ」の豊かさに関心が高まっているといわれています。「こころ」を豊かにするものは、文化・芸術です。いつ訪れても、新たな感動が生まれ、心を揺り動かす機会が最も多いスポット、それが「東博」です。
  以上
  
IDE・トピックス No.8 ( 2006.05.05)
1.「ロダンとカリエール」展
    上野 国立西洋美術館  2006.3.7〜6.4
    問合せ  03−5777−8600
    入館料  一般 1300円
 国立西洋美術館は、世界的にもロダン・コレクションとして有名ですが、今回はパリのオルセー美術館とロダン美術館などからも傑作が集まり、ロダン展としては17年ぶりです。
 今回は、ロダンと親交のあった画家ウジェーヌ・カリエールの作品も紹介されます。力強く激しいロダンの彫刻とモノトーンで輪郭を曖昧にしたカリエールの静かな雰囲気の絵を対比して味わえます。
2.「出光美術館名品展T」受け継がれる伝統の美―絵巻・室町屏風と中国陶磁―
    帝劇ビル 出光美術館  2006.4.29〜6.18 (毎週金曜日は19時まで開館)
    問合せ  03−5777−8600
    入館料  一般 1000円    
  出光美術館が開館40周年を記念する展覧会です。膨大な収蔵品のうちから厳選された約100点が展示されます。
 今回は国宝2点「伴大納言絵巻」、古筆手鑑「見努世友」のほか、重要文化財では「絵因果経」、玉澗筆「山市晴嵐図」、さらには茶道具、中国陶磁の名品が並びます。
以上