MyMuseum東京国立博物館「柳緑花紅」(改訂版)
平成18年4月5日
東博の樹木(1)…桜の博物館…
井 出 昭 一
東博の庭園内の樹木で種類が多いのはサクラとツバキです。植え替えられたり、枯れたりしていますが、サクラはおよそ20種類弱、ツバキは20数種類あります。今回はサクラについて取り上げてみます。
春を告げるカンヒザクラ
東博の春は、カンヒザクラ(寒緋桜)の開花とともに始まります。正門を入ってすぐ左手の表慶館側にあって、濃い紅紫色の花が1〜2個集まって下向きに釣鐘状に咲く早咲きのサクラです。

 国頭(くにがみ)の 山の桜の 緋に咲きて さびしき春も 深みゆくなり

国文学者の折口信夫が、“名桜10選”にも選ばれている野生のカンヒザクラを見ようと沖縄に行き、国頭の八重岳で詠んだ歌ですが、カンヒザクラについて詠んだ珍しい歌です。
本館前の池を挟んでユリノキと対峙し半球形の姿をしているのはヨシノシダレ(吉野枝垂)です。この満開の時は壮観で、本館が最も華やかに輝く時です。東博のシンボル・ツリーとして「右近のユリノキ、左近のヨシノシダレ」となっています。いずれも四季の変化が楽しめる樹木です。
ほとんどの方は、東博の正門を入ると本館とか特別展の平成館に向い気付く人は少ないようですが、正門のすぐ右側にアカバザクラもあります。それほど大きくはなく、種痘を発明したジェンナーの像(高村光雲の弟子:米原雲海の作)の横に並んでいます。


上野の杜で発見されたソメイヨシノ
現在日本で最もポピュラーなサクラは、江戸で生まれ江戸で育ったソメイヨシノ(染井吉野)です。このソメイヨシノの発見と命名が東博の職員によってなされたことはあまり知られていませんが、その経緯はつぎのようです。
博物館の初代局長(館長)町田久成のもとで博物科長、天産課長を務めて2代目の博物局長となった田中芳男(男爵)は、パリ万博にも出向いて海外から新しい農作物を導入した生物教育の先駆者でもあります。この田中芳男が農商務省から藤野寄命(ふじの よりなが)を博物館の天産部職員に迎え、明治18年から19年にかけて上野の山のサクラを詳細に調査しました。藤野は精養軒付近の道路のあたりで、移植されて間もない見慣れないサクラを数本発見し、これが染井から来たサクラであることを突き止めて新しい品種だと判断したのです。そこで染井(現在の東京都豊島区駒込6〜7丁目付近)から来た吉野桜の意から「染井吉野(ソメイヨシノ)」と命名されました。ソメイヨシノが初めて公表されたのは発見から10数年も経過した明治33年のことで、藤野寄命が論文「上野公園桜花の性質」を『日本園芸会雑誌』に発表し、翌34年に学名プルヌス・エドエンシスが与えられ、ここで正式に認知されたわけです。いずれにせよ、ソメイヨシノと東博とが関係にあることは興味深いことです。
庭園内の珍しいサクラ
そのソメイヨシノの両親に当たるオオシマザクラ(大島桜)とエドヒガン(江戸彼岸)は、いずれも本館北側のベランダの西側にあります。これに加えて東側にあるピンク色のショウフクジザクラ(正福寺桜)と、趣の異なる3種のサクラを池の向うの転合庵から眺めると最高の気分になります。
本館東側には、気品ある白の一重のミカドヨシノ(帝吉野)、花びらが200枚以上もあるケンロクエンキクザクラ(兼六園菊桜)、レモンイエローの変わり色のギョイコウ(御衣黄)も見落とせない珍しいサクラです。このほかにも、ロトウザクラ(魯桃桜)、ショウワザクラ(昭和桜)、イチヨウ(一葉)、ヤマザクラ(山桜)などもあって、まさに東博は「桜の園」でもあります。
一方、法隆寺宝物館の英文館名表示の近くにあるカンザンの池に写る姿も美しいものです。池の近くで見ても良く、宝物館の2階に上がり、格子越しに眺めるのも楽しいものです。カンザン(関山)の花びらが池に散るとサクラの季節が終わりを告げます。東博の春は終わり、さわやかな初夏を迎えることになります。


 











 










いやはてに 鬱金ざくらの かなしみの ちりそめぬれば 五月はきたる


逝く春を惜しんで北原白秋はこんな歌を詠みました。東博にもウコンザクラ(鬱金桜)があるというので探して見ました。いくら探しても見当たりませんので、樹木に詳しい方に尋ねたところ、数年前に枯れてしまったとのことでした。このほかウスズミカンザクラ(薄墨寒桜)、センダイヤサクラ(仙台屋桜)も枯れてしまって今では見ることはできません。周囲の環境が悪化して、サクラを保存し花を咲かせ続けるのは難しくなってきているようです。
今年は、表慶館前にカワズザクラ(河津桜)、オオカンザクラ(大寒桜)、ヒウチダニキクザクラ(火打谷菊桜)の若い苗木が植えられました。これらが無事成長し、花の合い間から表慶館を仰ぎ見るほどの大木になってほしいものです。
IDE・トピックス No.6 ( 2006.4.5)
1.「燕子花図と藤花図…館蔵屏風絵…」
   青山 根津美術館 2006.4.15〜5.7  問合せ03−3400−2536
   入場料 一般 1,000円
尾形光琳の名品中の名品・国宝「燕子花図」の修理が昨年完了し、今年は数年振りに円山応挙の「藤花図」と同時に見学できます。この展示が終了しますと根津美術館は改築工事のため3年半、閉館となりますので、この際見納めておいてください。
2.生誕120年「藤田嗣治展…パリを魅了した異邦人…」
   竹橋 東京国立近代美術館 2006.3.28〜5.21 問合せ03−5777−8600
   観覧料 一般 1,300円
   
藤田嗣治の初公開作品20点を含む、20歳代から最晩年までに描かれた代表作約100点が出品されています。藤田嗣治の作品がこれほどまとまって一堂に会するのは、1968年の没後初めてだといわれています。桜の盛りは過ぎましたが、天気が良ければ見終ったあと、皇居の東御苑を散策するのも快適です。
3.「プラド美術館展…スペインの誇り 巨匠たちの殿堂…」
   上野 東京都美術館    2006.3.25−6.30  問合せ 03−5777−8600
     観覧料  一般 1,500円
     (開催期間中第3水曜日(4/19、5/17、6/21)は、65歳以上の方は無料です。年齢を証明できる運転免許証などをご持参ください。)
メトロポリタン美術館、ルーヴル美術館などと並び質量ともに世界屈指の絵画コレクションを擁するスペインのプラド美術館から、ベラスケス、エル・グレコ、ゴヤ、ムリーリョ、ティチアーノ、ルーベンスなど巨匠の名画81点がやってきます。

                                  以上

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