<ダイヤネット>

・・・My Museum Walk・・・『わたしの美術館散策』

井出 昭一

わたしのエッセイ紹介ページ

2010.9.30

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(47)

井出 昭一

小諸市立小山敬三美術館

懐古園の斜面に沿って建つ村野藤吾の傑作



 

 場 所:〒384−0804 長野県小諸市丁221番地(懐古園内)

 電 話:0267−22−3428

 交 通:電車:しなの鉄道またはJR小海線「小諸駅」下車 徒歩10分

 車 :上信越自動車道「小諸インター」から10分

    懐古園内大駐車場を利用

 入館料:一般 200円 懐古園共通券は一般 500円

 休館日:年末年始(12月29日〜1月3日)と12月1日〜3月中旬の 

      毎週水曜日(3月中旬〜11月30日は無休)






1.プロローグ

 猛暑が続いた8月、信州に帰った機会に小諸の小山敬三美術館を久しぶりに訪ねてみました。例年なら8月中旬のお盆を過ぎると秋風が吹き出す信州も、今年ばかりは9月を目前にしても盛夏のような暑さでした。

小山敬三美術館は、“小諸なる古城”の址の「懐古園」の西の端にあります。訪ねたときは残暑が厳しかったためか、大駐車場に停めてある車はわずかに数台。園内も人影はほとんどなく、数十年ぶりに昔を静かに“懐古”することができました。

2.古城を通りぬけて美術館へ

懐古園は小諸城の城址です。通常の城は見晴らしの良い山の上とか高台に築かれますが、小諸城は城下町より低いところに建てられた穴城です。入口となっている三の門(重要文化財)は坂を下りたところに設けられています。徳川家達の豪快な筆になる懐古園の大額の下を通り抜け、徴古館を左に見て入園します。苔むした石垣の間を進むと、程なく二の丸の石垣のひとつに刻まれた若山牧水の歌に出会います。

 かたはらに 秋草の花語るらく ほろびしものは なつかしきかな

酒をこよなく愛した牧水のこの歌には酒こそ登場しませんが、私の好きな“牧水歌”のひとつです。

モミジの林を通り抜けてゆくと、緑の苔で覆われた天主台の石垣の向かいの木立の中に「藤村記念館」がひっそりと建っています。その先の千曲川を見下ろすところに建つのは島崎藤村の詩碑。「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ…」で始まり、「濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む」で終わる藤村の秀作「千曲川旅情のうた」の詩碑です。この詩は高校に入学した時の国語の教科書の冒頭にあり、先生から“信州人としては暗記しなければならない”といわれて覚えて以来愛唱しているものです。

詩碑近くの深い谷に架かる酔月橋を渡って、鹿島神社の鳥居を抜けて右方向の林の中にうずくまるように建っているのが小山敬三美術館です。

このように、久しぶりで美術館を訪ねるアプローチは、いぶし銀のようなものが点在していて懐古と感激の連続でした。

3.建物は村野藤吾の傑作

「藤村記念館」は木造の平屋建てで、設計したのは谷口吉郎。一方、小山敬三美術館も平屋建てですが、こちらは鉄筋コンクリート造で村野藤吾の設計です。谷口吉郎と村野藤吾は建築界の巨匠、小山敬三は絵画の巨匠で3人ともそろって文化勲章受章者です。

小山敬三美術館は本人が小諸市に寄贈したものです。展示室は昭和50年10月、第二展示室は平成元年4月に完成しました。“画伯の作風を建築に表現し集合美をかなえて、建物自体も芸術作品”として毎日芸術賞が贈られています。

今回の再訪の狙いは、もちろん小山敬三の作品に出会うことですが、もうひとつの目的は村野藤吾の“珍しい”作品を確かめて写真に撮ることでした。美術館の建物は斜面に建てられているため、本来水平であるべき床が傾斜していることが特徴です。館内の撮影はできませんので、狭い通路を辿って一周してみました。同じ表情の面がどこにも見られないことは驚くべきことです。これ程多彩な表情を持った建物は見たことがありません。外壁に曲線が多く使われているため受ける感じが穏やかです。

 懐古園の林の中に溶け込んでいる美術館。傾斜地に這うように建つ美術館。曲線が美しい清楚な美術館。まさに小山敬三美術館は村野藤吾の傑作です。

4.浅間と姫路城と花の絵と

美術館は展示室が2室のみで小規模です。作品も決して多くはありませんが、浅間山と白鷺城と花という小山敬三を代表するモチーフの優品が展示されていて暑さを忘れさせてくれました。

第一展示室では、少年期から晩年にいたる代表作として、中学時代の作品「盛夏樹林」をはじめ、「浅間山黎明」「紅浅間」(1968)、「浅間山新雪」(1968)、「雨期の白鷺城」(1971)などの“浅間・姫路城シリーズ”を中心にした風景画。その中にあって目を奪われたのは肖像画「ブルーズ・ド・ブルガリ」(1948)でした。この絵は息女の容子さんがモデルといわれているものです。

第二展示室では、開館35周年記念展「小山敬三が描いた花の絵と壺」(7月30日〜9月30日)が開催中でした。ただ単に美しい花を描くのではなく、花を生ける壺まで厳選したといわれています。画伯の壺へのこだわりを感じさせる作品とともにその絵に描かれている壺が一緒に展示されるという面白い企画です。「マジョリカ壺の胡蝶蘭」と鮮やかな色彩で覆われたイタリーの陶器、「デルフト壺のバラ」とオランダのデルフトで焼かれた壺、「バラ」の日本画では、緑釉が銀化し漢時代の壺が見事に描写されていました。油絵、日本画、水彩画、デッサンなどの作品が並べられていてなかなか楽しい展覧会でした。

 この美術館の隣には小山敬三記念館が建っています。これは1929年茅ヶ崎の海岸近くに建てられたアトリエと住居の一部(約120平米)を画伯が小諸市に寄贈して美術館の隣に移築したものです。息女の中嶋容子さんからも画伯の遺品が寄贈され、生前の状況を偲ぶことができます。

5.小山敬三“浅間の画家”

小山敬三は、1897年小山久左衛門の三男として小諸の名家に生まれました。父の友人であった島崎藤村の勧めで1920年フランスに留学するまで小諸で育ちました。そのため、毎日眺めた浅間山は画伯にとってふるさとの山です。1928年帰国後、茅ヶ崎にアトリエを建て、1936年には石井白亭、有島生馬、安井曽太郎ら8人と「一水会」を結成し、ここを活動の場として次々に名画を世に送り出しました。1975年には文化勲章受章して画業60年展を三越で開催し、2年後の1977年2月80歳で逝去されました。

一般に小諸といえばすぐに島崎藤村が思い浮かびますが、藤村は木曽で生れ小諸での生活は5年間程度です。これに対し小山敬三は小諸に生れ、成人するまで浅間を眺めながら小諸の地で育ちまし。そのため浅間山に対する愛着はかなりのものであると想像できます。「暮行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛」という藤村の名句は、頭にシッカリと浸みこんでいますが、小山敬三の“浅間シリーズ”の名画もはっきりと目に焼き付いています。

6.ただ一度の面会の思い出

美術館の館内で和服姿の気品あふれる小山画伯の写真にも“再会”できました。“再会”というのは、生前の画伯に一度だけ面会しているからです。

それは今から35年も前のこと、日本橋三越で開かれていた画業60年記念展の会場でした。偶然にも会場で小山敬三画伯とその姪(長兄の邦太郎氏の長女)にあたる井出春江さん(井出一太郎夫人)にお会いし、春江夫人から私を画伯に紹介していただきました。当時、私はバリバリのサラリーマン。日ごろの習性で私の名刺をとっさに差し出しました。すると文化勲章受章の洋画の巨匠も一会社員の私に「ご来場ありがとうございます。」と言われて名刺を頂戴したことを思い出しました。懐古園とはそんな懐かしいことを呼び戻してくれるるところかもしれません。

石川啄木は故郷の岩手山に対して、

 ふるさとの 山に向かひて

 言ふことなし 

 ふるさとの山は ありがたきかな

と詠いました。同じように、信州佐久に生まれ育ち、毎日浅間山を見続けてきた私にとって、“山”イコール“浅間山”であり、“川”イコール“千曲川”です。今では古稀寸前、佐久での生活より東京や近郊での生活の方がはるかに長くなりました。

幸いなことに、東京でも四六時中、浅間の雄大な姿を眺めることができるところがあります。その場所は、グランドプリンスホテル新高輪です。このロビーには“浅間の画家”小山敬三の最晩年の大壁画「紅浅間」が掲げられているからです。ここで巨大な浅間に向かえば、ふるさとを思い出し、また英気が与えられます。


展覧会トピックス 2010.9.30




 

美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「田中一村展 新たなる全貌」…開館15周年記念特別展…

 会 期:2010.8.21〜9.26

 会 場:千葉市立美術館

 観覧料:一般 1000円

 電 話:043−221−2311

 休館日:第1月曜日

 http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html

田中一村の過去最大規模回顧展です。一村は、栃木に生まれ、千葉市に20年住み、奄美大島へ渡って亜熱帯の植物や鳥などを題材にした日本画を描き、無名のまま没した画家です。没後の1980年代、テレビの美術番組での紹介が空前の反響を呼び全国に知られるようになりました。近年の調査で新たに発見された資料を多数含む約250点が展示中です。

2.「三菱が夢見た美術館」…岩崎家と三菱ゆかりのコレクション…

   開館記念特別展(2)

 会 期:2010.8.24〜11.3

 会 場:丸の内 三菱一号館美術館

 観覧料:一般 1300円

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(9/21、10/11,11/1は開館)9/21、10/12

 http://mimt.jp/

美術館開館の第二弾。コンドルが三菱や岩崎家のために描いた建築図面、岩崎家が設立した静嘉堂文庫および東洋文庫が所蔵する国宝、重文を含む古美術や古典籍、そして三菱系企業が所蔵する西洋絵画の名作、日本の明治期の巨匠・山本芳翠、黒田清輝らの作品が展示されています。

3.「上村松園展」…珠玉の決定版…

 会 期:2010.9.7〜10.17

 会 場:北の丸公園 東京国立近代美術館

 観覧料:一般 1300円

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://shoen.exhn.jp/

上村松園は気品あふれる人物画を数多く手掛けました。この展覧会では、松園の画業を大きく3期に分け、代表作約100点によって凛とした気品あふれ名作で全貌を辿ることができます。

4.「河井寛次郎」…生誕120年記念展…

 会 期:2010.9.14〜11.23

 会 場:駒場 日本民藝館

 観覧料:一般 1000円

 電 話:03−3467−4527

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.mingeikan.or.jp/home.html

民藝運動の指導者の一人で、釉薬の名手として日本を代表する陶芸家・河井寛次郎の生誕120年記念の特別展。京都市五条坂で作陶活動を展開し、その卓抜した芸術性は国の内外で高い評価を受けております。柳宗悦と親交を結んで以降の実用性を意識した重厚で色鮮やかな館蔵作品約150点を展示します。

                                         以上

2010.9.6

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(46)

井出 昭一

川村記念美術館

緑豊かな庭園を有する美術館



 

 場 所:〒135−0022 千葉県佐倉市坂戸631

 電 話:0120−498−130

 入観料:一般900円(65歳以上700円)

 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)

 交 通:

 京成上野駅から:

 京成本線の特急または快特の成田方面行きで「京成佐倉駅」下車 (約60分)、

 南口の「シロタカメラ」前より無料送迎バス(約30分)

 東京駅から:

 JR総武線快速エアポート成田で「佐倉駅」下車(約60分)、

 南口の川村記念美術館バス停より無料送迎バス(約20分)

  http://kawamura-museum.dic.co.jp






1.プロローグ

『わたしの美術館散策』も40回を超えて50回に近づいてきました。

都内の主要な美術館はほとんど紹介しましたので、首都圏近郊まで拡大しようと考え、千葉県佐倉市にある川村記念美術館を選びました。かつて開館して間もないころ一度だけ訪ねたことはありますが、その後はご無沙汰続きでした。この『わたしの美術館散策』に取り上げるに際し、確認することがあるので再度行かねばならないと思ってインターネットで調べたところ、8月10日から8月15日まで6日間は開館20周年記念で入館無料ウィークが開催されていることが判り、急遽8月13日に訪ねてみた次第です。

2.二つのとんがり帽子の白い館

前回訪問した時には家族と車で行きましたが、今回は電車を利用し日暮里駅から訪ねました。京成本線で快特の成田方面行きで約60分、「京成佐倉駅」で下車し、南口の「シロタカメラ」前から無料送迎バスに乗って約30分で目指す美術館に着きました。このバスは、途中、JR総武線の「佐倉駅」前も経由しますので、いずれの駅でも都合のよい方を利用することができます。

 自宅を出てから美術館に着くまでに要する時間は順調にいっても2時間。都心の美術館のように、ちょっと覗いてみるというわけにはいきません。車内ではインターネットからプリントした関連資料を隅から隅まで精読。思わぬ情報を得て長い2時間を有効活用できました。

長旅を終え、美術館に到着してバスから降りると、美しいプロポーションの女性(佐藤忠良の女性像「緑」)が歓迎。林を通り抜けて豊かな緑に囲まれて建っているおとぎの国の城を思わせる美術館を目にすると、時間をかけてはるばる訪ねて良かったことを実感しました。

 緑の森と芝生の中建つとんがり帽子の白い館、それを背景に鮮やかな“朱一点”清水九兵衛の彫刻「朱甲面」、これが川村記念美術館のトレードマークです。

3.20世紀美術を中心のコレクション

川村記念美術館はDIC株式会社が1990年5月、千葉県佐倉市の南西端に位置する同社の総合研究所に隣接して設立した美術館です。“DIC”といっても外国の会社ではありません。レキッとした日本の会社です。私のような古い人間には、旧社名の“大日本インキ”の方がピンときます。要するに川村記念美術館は、大日本インキ化学工業株式会社が収集した美術品を公開するためにできた美術館なのです。2008年4月に創業100周年迎えて社名を変更してDIC株式会社となりました。

収蔵する作品は1000点を超えていますが、中核となるのは20世紀美術を中心とするコレクションです。この美術館創設の発端となった作品は、20世紀美術ではなく大日本インキの第2代社長の川村勝巳(初代の館長)が求めた長谷川等伯の「烏鷺図」(重要文化財)だといわれています。

1970年代に入ってからピカソ、ブラック、カンディンスキーをはじめ、マレーヴィッチ、コーネルなど日本で未紹介の新進作家たちの作品や当時ヨーロッパで評価され始めたばかりのモーリス・ルイスやフランク・ステラなどのアメリカ現代絵画が収集されました。川村勝巳の後を引き継いだ第3代社長川村茂邦もアメリカ美術に深い関心を寄せ、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマンの作品を集め、抽象画のカンディンスキー、シュルレアリズムのエルンスト、マグリット、さらにアメリカの抽象表現主義のポロック、動く彫刻で有名なカルダーなどもコレクションに加えられて、20世紀欧米美術を中核に据えた美術館となりました。

2008年、DIC株式会社の創業100周年を記念して、増改築がおこなわれ、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマンの主要作品を常設展示する別棟が新設されました。なお、当初の建物を設計したのは海老原一郎で、増改築の設計は海老原一郎の下で当初の建物も担当した根本浩です。

4.レンブラントに再会

今回訪ねた時には現代美術のほか日本画の巨匠の横山大観、橋本関雪ら作品も展示されていましたが、何といっても私にとって最大の注目作品は17世紀オランダの巨匠レンブラントの肖像画でした。

日本国内でみられるレンブラントの油彩画は、この川村記念美術館の「広つば帽を被った男」のほかでは、ブリヂストン美術館の「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」とMOA美術館の「自画像」のわずか3点のみだといわれています。その中では、川村記念美術館の作品が最も大きな作品です。(レンブラントの作品は、本人の真作と「レンブラント工房」の作品が混在していて、現在でも学者の間で真贋論争が絶えないようですが、素人の私にはまったく判りません。)

かつて、ニューヨークのメトロポリタン美術館で広い展示室のひと部屋がレンブラントの大きな肖像画一色だったことを思い出すと、日本はやはり西洋絵画に関しては“極小国”だということは否定できません。

正直のところ私は20世紀アメリカ美術に関して門外漢ですから、川村記念美術館再訪するひとつの目的はレンブラントに会うことでした。特別扱いの展示室で「広つば帽を被った男」に再会でき、続いて私好みの印象派のルノワールの「水浴する女」、モネ「睡蓮」とも出会うことができたので目標は達成できました。

満ち足りた気分で館外に出ると、雨上がりで目に沁みほどの緑濃い芝生と大きく湾曲した白鳥池が広がっていて、一見、整備されたゴルフ場のような爽快な光景が目に入ってきました。里山の地形を生かしたという約30ヘクタール敷地の庭園内には、樹木200種類、草花500種が植えられて、自然散策路が設けられていますので季節ごとにカタクリ、サクラ、ツツジ、花菖蒲、睡蓮、大賀ハスなどいろいろな花を楽しむことができます。

美術館の別棟にはレストラン「ベルベデーレ」もあり、明るい部屋の中から、外の景色を愛でながら食事もできるようになっています。ここでゆっくりくつろぎ、作品の余韻を愉しむのがあるべき姿でしょうが、“美術館”にどん欲な私は、もう一つの美術館に向かいました。

5.佐倉のもう一つの美術館と彫刻通り

佐倉には大物の博物館の「歴博」(国立歴史民族博物館)がありますが、こちらは1日がかりで見なければなりませんので、今回は初めから訪問対象から除外していました。

“川村”以外で訪ねたかったのは佐倉市立美術館です。この美術館のエントランスホールは、矢部又吉の設計により旧川崎銀行佐倉支店として大正7年に建築された建物で、千葉県指定の有形文化財だということもあって以前から注目していました。佐倉の出身の明治の洋画界の巨匠・浅井忠の像が置かれている美術館では、同じく佐倉にゆかり深い近代金工の先駆者「津田信夫展」が開かれていました。(下記、トピックス1を参照)

ところで、佐倉が“彫刻の街”であることを今回の訪問で初めて知った次第です。川村記念美術館からの帰路のJR佐倉駅南口でバスを降りたところ、駅前のロータリーには川村美術館の入口と同じ作者の佐藤忠良の「夏の像」という女性像あるのでびっくり。さらにロータリーの正面には淀井敏夫の「風と鳥の少年たち」、その右サイドには手塚登久夫の「梟」と3体が並んでいました。また佐倉駅の北口の出ようとすると、駅構内の階段近くに朝倉響子の「翔」という美女が腕を広げて迎え、さらに階段を下りた北口には同じ朝倉響子の「マリとキャシ−」という女性二人の群像が置かれていました。

この北口正面から国道296号での約800メートルの両サイドにも、美女がズラリと並んで私の佐倉訪問を歓迎してくれました。しかし夏の炎天下、多数の美女が迎えたのは私ひとりだけ。美女たちにとっては多分物足りなかったことでしょう。


展覧会トピックス 2010.8.25




美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「津田信夫展」

会 期:2010.8.7〜9.23

会 場:千葉県 佐倉市立美術館

観覧料:一般 800円

電 話:043−485−7851

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.city.sakura.lg.jp/museum/

佐倉市は日本における近代金工の先駆者である香取秀真(ほつま)と津田信夫(しのぶ)の二人を輩出したところです。今回はそのひとり津田信夫の初めての回顧展で、津田の作品のうち所在の明らかなものを可能な限り展示紹介しているといわれています。動物をモチーフにした作品も多く楽しい展覧会です。(「香取秀真展」は2003年1〜2月に当館で開催済みです。)

2.「けんちくのしくみ…民家、高層ビル、タワー…」

…建築家、大工、左官職人…

会 期:2010.6.19〜9.5

会 場:小金井公園内 江戸東京たてもの園 展示室

観覧料:一般 400円(65歳以上 200円)

電 話:042−388−3300

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://tatemonoen.jp/special/index.html

 この展覧会では、子供を対象としてアーチ、ドーム、タワー、高層ビルなどの建築のしくみを優しく紹介しています。また建築家や大工、左官職人などの建物をつくる人にもスポットを当てて、実際に建物の造られ方を解説していますが、子供ばかりではなく、大人も建築の楽しさを感じることができる展覧会です。

江戸東京たてもの園は、武蔵野の面影を残す小金井公園内にある“たてものの博物館”で、約7ヘクタールの広い敷地内に江戸時代から昭和初期にいたるまで27棟の建物が移築復元されています。ボランティアの解説を聞きながら見学すると半日以上かかりますが、こちらも是非お勧めしたいコースです。

3.「誕生!中国文明…王朝、技、美…河南で誕生…」

会 期:2010.7.6〜9.5

会 場:上野公園 東京国立博物館 平成館

観覧料:一般 1500円

電 話:ハローダイヤル

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.tnm.go.jp/

河南省は紀元前2000年ごろから北宋が滅亡した12世紀ごろまで、中国の政治、経済、文化の中心地として栄え、王朝、工芸技術、文字(漢字)など、中国文明を特徴づけるさまざまな要素がこの地で生まれ発展しました。
この展覧会は、第1部「王朝の誕生」、第2部「技の誕生」、第3部「美の誕生」と三つのテーマで構成され、青銅器、金銀器、漆器、陶磁器、壁画、彫刻、文字資料など約150件の名品が展示されます。
 

                                          以上

2010.8.10

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(45)

井出 昭一

東京都現代美術館

…木場公園にある現代美術専門の美術館…



 

 場 所:〒135−0022 東京都江東区三好4−1−1 木場公園内

 電 話:03−5245−4111(代表)

      03−5777−8600(ハローダイヤル)

 観覧料:常設展 一般500円(65歳以上250円)

      企画展 その都度設定

 休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)

 交 通: 東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」B2出口より徒歩9分

      都営地下鉄大江戸線「清澄白河駅」A3出口より徒歩13分

      東京メトロ東西線「木場駅」3番出口より徒歩15分

 http://www.mot-art-museum.jp/






1.現代美術と近代美術

 東京都現代美術館(Museum of Contemporary Art Tokyo 略称:MOT)は、その名の通り現代美術専門の東京都立の美術館です。上野公園にある東京都美術館が収集してきた現代美術コレクションが移管され、“戦後の日本美術”いわゆる“現代美術”を概観できる美術館です。

 一般に日本では、明治から第二次世界大戦終結までの美術が“近代美術” (modern art)、戦後の美術が“現代美術” (contemporary art)といわれています。また“近代美術”とは「画商が担い手だった時代の美術」であるのに対し、“現代美術”とは「大衆が担い手になっている時代の美術」などと評されることもあります。

 東京の美術館・博物館で分野を仕分けすると、明治以前の日本美術を見るには、上野の東京国立博物館(明治以降の作品もかなりありますが)、近代美術を見るのは竹橋の東京国立近代美術館、現代美術は木場の東京都現代美術館ということになりそうです。

 


2.木場公園内の現代美術専門の美術館

 東京都現代美術館は1995年(平成7年)3月、東京都立木場公園の北の端に開館し、現代美術を展示するにふさわしい現代的な建物だということで注目されていました。わたしは古風なタイプで興味の対象が近代美術以前ばかりで現代美術を敬遠していたため、この東京都現代美術館を初めて訪れたのは開館してから1年も過ぎた後、1996年4月のアンディ・ウォーホル展でした。

 その時は地下鉄東西線の木場駅から歩いて行きました。これまで美術館といえば最寄り駅から比較的近いというのが通例でしたが、この東京都現代美術館は駅から離れていて、歩けど歩けど辿りつかない交通不便の場所にあるということが第一印象でした。現在では地下鉄が開通したため多少便利になりましたが、それでも最も近い半蔵門線「清澄白河駅」B2出口から徒歩で9分かかります。

 今回、本稿の確認のために散策がてら、あえて東西線の木場駅から訪ねてみました。三ツ目通りは車の往来が激しいので、木場公園に入って園内を縦断する形で北に進みました。途中、木場公園大橋を渡ると、現在工事中の東京スカイツリー(2011年の完成時には高さ634mとなる世界一の電波塔)が大橋の正面に見えてなかなかの光景でした。木場公園の北の端にあって空を突き刺すような姿をしているのが目指す現代美術の館です。

3.魅力的なエントランスロビー

 東京都現代美術館の延床面積は33,515平米で、国立新美術館(49,832平米)に次いで日本で二番目の広さを誇る大規模美術館です。

 建物は地下3階、地上3階建て。企画展示棟、美術情報棟、常設展示棟をエントランスロビー棟が結び付けています。

 東西に伸びる160mの長いエントランスロビー棟の南側には連続する大きな逆三角形のアルミパネルが連なっていて大胆そのものです。そのアルミパネルには大小の丸い穴が開けられていて、床に写し出される影は時とともに微妙に移り変わりこちらは繊細です。磨かれた三角形のガラスの先に広がる木場公園の緑が目に浸みて、この空間こそ、現代美術館がわたしを惹きつける最大のポイントなのです。

 現代美術は大型が多いため収蔵作品は約4000点で決して多いとはいえません。これらは1階と3階に設けられた計10室の常設展示室で150点ほどを順次展示しています。1階展示室は戦後から1970年代までの30年間の現代美術の流れを通観でき、3階の展示室では現存作家の現代美術作品を展示しています。

 現在、日本の美術館では自然光を遮断して人口の光で照明することが主流となっていますが、この建物を設計した柳澤孝彦は「自然光の下で制作された作品は自然光の中に置くべきだ」との考えから、最上階の3階の常設展と企画展の展示室は自然光を取り組む工夫がなされています。

 また、1階と地下2階に設けられた企画展示室は光天井を採用しているため明るい空間で、大規模な国際展をはじめ、絵画、彫刻、ファッション、建築、デザインなど幅広い分野の現代美術展が開催されてきました。

 現代美術の作品は、ますます巨大化の傾向にありますが、この美術館では広大な展示空間が用意されて対応可能なことが特徴となっています。また美術関係図書が充実していることでも定評があり、美術情報棟の図書室には10万冊もの美術関係図書が所蔵されています。

 さらに美術に関する情報提供、教育普及を目的としたワークショップや各種講座や講演会など美術を広める活動も活発で、変貌著しい現代美術を肌で感じることのできるところです。

4.衝撃のアンディ・ウォーホル展

 都内の美術館には比較的足繁く通っていると自負しているわたしですが、東京都現代美術館の訪問回数は二桁に達しません。その中で印象に残っている展覧会は「花と緑の物語展…近代フランス絵画・印象派を中心として…」(2004年7月〜9月)と「アンディ・ウォーホル1956−86:時代の鏡 MIRROR OF HIS TIME」(1996年4月〜6月)です。 

 とくに“アンディ・ウォーホル展”には驚かされました。マリリン・モンロー、エルビス・プレスリー、毛沢東など誰でも知っている人物の肖像や身近にあるコカコーラの瓶、キャンベル・スープの缶をモチーフにシルクスクリーンの技法を使って制作した作品がずらりと並んでいたからです。正直のところ、これが芸術作品なのか、アメリカの現代芸術(ポップアート)とはこうしたものなのか、印象派のマネ、モネ、シスレーになじんだ日本人に受け入れられるだろうか……など、考えさせられた展覧会でもありました。 

5.文化施設を次々に設計

 ところで、魅力的な東京都現代美術館を設計したのは、1935年生れ、長野県出身の建築家・柳澤孝彦です。柳澤は東京藝術大学の建築科を卒業後、数多くのオフィスビルや文化施設の名建築を生みだした“設計の名門”竹中工務店に入社し、東京本店設計部長を務めました。

 在職中には大型のオフィスビルをはじめ熱海のMOA美術館(1981年)、有楽町マリオン(1984年)などを手掛けました。1986年「第二国立劇場」(現:新国立劇場)の国際設計競技で最優秀賞を受賞したことで、一躍脚光を浴びることになりました。この受賞を機に独立し、同年9月TAK建築・都市計画研究所を設立し、美術館、記念館などの文化施設を次々に世に送り続けています。

 独立後の作品として代表的なものは、この東京都現代美術館をはじめ真鶴町立中川一政美術館(吉田五十八賞、BCS賞受賞)、窪田空穂記念館(日本建築学会作品選奨受賞)、郡山市立美術館(日本芸術院賞受賞)、東京オペラシティなどです。

 時間を見つけて、これら柳澤孝彦の美術館作品巡りもしてみたいと思ったり、現代美術の変化に追いついてゆくために、東京都現代美術館も時々訪れなければならないと欲張った考えをしているところです。


展覧会トピックス 2010.7.25




 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「日本の染…絞・型・筒描…」

 会 期:2010.7.6〜9.5

 会 場:駒場 日本民藝館

 観覧料:一般 1000円

 電 話:03−3467−4527

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.mingeikan.or.jp/home.html

 館蔵の絞り染、型染、筒描染などの技法による染の優品90点を展示。日本各地の藍染めの衣裳や夜具地、庄内地方の被衣、三河万歳の衣裳裂、沖縄の紅型などのほか、柳宗悦の装案で仕立てた夜具地などを用いた掛軸や屏風も併せて展示。

2.「陶芸の美…日本・中国・朝鮮…」

 会 期:2010.6.26〜8.8

 会 場:上野毛 五島美術館

 観覧料:一般 700円

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.gotoh-museum.or.jp/

 五島美術館の所蔵品から陶芸の名品を選んで展示するもので、古墳時代から江戸時代にかけての「日本陶磁」、唐・宋・明 時代を中心とした「中国陶磁」、日本人が愛された「高麗・朝鮮陶磁」など、重要文化財4点を含む約60点を紹介。

3.「奈良の古寺と仏像…會津八一のうたにのせて…」

 (平城遷都1300年記念)

 会 期:2010.7.7〜9.20

 会 場:日本橋室町 三井記念美術館(三井本館7階)

 観覧料:一般 1200円(70歳以上 1000円)

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(7/19,9/20は開館)、7/20

 http://www.mitsui-museum.jp/

 平城遷都1300年を記念する特別展。奈良各地の多数の国宝、重文指定の優れた仏像は多くの人を魅了してきました。奈良を愛し続けたて會津八一の読んだ歌にのせて展示されます。

4.「sarasa 世界の更紗」

 会 期:2010.7.6〜9.25

 会 場:代々木 文化学園服装博物館(新宿文化クイントビル1階)

 観覧料:一般 500円

 電 話:03−3299−2387

 休館日:日・祝日(8/1・22開館)、8/8〜15

 http://www.bunka.ac.jp/museum/text/gaiyo.html

 更紗とは、木綿布に手描きや型を使って文様を表したもので、世界各地で見られます。比較的手軽にできるものから、複雑な工程で精緻なものまであり、その用途も衣服から室内装飾布まで多様です。インドの色彩鮮やかな手描き更紗や木版更紗、ヨーロッパやロシアの銅板更紗、蝋防染によるジャワ更紗、アフリカの素朴な更紗など、さまざまな更紗が一覧できます。

                                          以上

2010.7.3

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(44)

井出 昭一

損保ジャパン東郷青児美術館

超高層ビル内に造られた最初の美術館



 

 場所:〒160−8338 東京都新宿区西新宿1−26−1

     損保ジャパン本社ビル42階

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 入館料:一般 1000円(65歳以上800円)

 休 館:月曜日

 交 通:JR「新宿駅」西口、東京メトロ丸ノ内線「新宿駅」・「西新宿駅」、

      大江戸線「新宿西口」下車 徒歩5分






1.空にそびえる美術館

 これまで、美術館と言えば公園の一角とか、緑に包まれた庭園の中にある洒落た建物というイメージでしたが、今回取り上げる損保ジャパン東郷青児美術館は新宿駅西口の超高層ビルが建ち並ぶなかのひとつ損保ジャパン本社ビルの42階にあって、地上からの高さは約180メートル、まさに“空にそびえる美術館”です。

 次々に超高層ビルが登場している西新宿にあって、損保ジャパン本社ビルは今では高層ビルの“老舗”ですが、白と茶色のしま模様で下の方が広がった珍しい形は特異な存在で、いかにも損保会社らしい安定感ある建物です。日本一高い所にある美術館として長い間君臨してきましたが、2003年10月、六本木ヒルズ森タワー53階(地上230メートル)に森美術館が誕生したことにより首位の座を譲り渡しました。

 騒々しい新宿副都心の中心にありながら、美術館のある高層階まで車の騒音は届かず落ち着いた雰囲気で、美術館の展望回廊からは眼下に新宿御苑をはじめ東京都心から房総半島までの雄大な眺望を楽しむことができます。

2.東郷青児から寄贈を受けて設立

 この損保ジャパン東郷青児美術館を運営する(財)損保ジャパン美術財団は1976年6月に設立された(財)安田火災美術財団が前身です。損保ジャパンの前身会社の安田火災が新宿副都心に超高層ビルを建設する際、同社とゆかりの深い画家・東郷青児から所蔵の自作約200点と同画伯が収集した内外作家の作品250点の寄贈を受け、1976年7月東郷青児美術館として一般公開されました。

 東郷青児は、落ち着いたグレーを基調に独自のフォルムで優雅でロマンチックな女性像を描き、二科会を中心に幅広い芸術活動を続けてきた画家です。東郷青児は旧安田火災の営業案内、記念品、カレンダーなどのデザインを長年にわたって手掛けてきたという親密な関係にありました。

 当初の約450点でスタートした当館の収蔵品は、その後ゴッホ、セザンヌ、ルノワール、ピカソ、ルオー、シャガール、岸田劉生、山口華楊、奥村土牛などの作品も追加され、徐々に増えています。当館は、この東郷青児の作品の常設展示を中核として、国内海外の近現代作家の作品を展示するほか、特別展も随時開催してきています。

3.“ひまわり”の美術館

 当館の最大の話題は、何といっても1987年3月ロンドンのクリスティーズのオークションで、目玉として出品されたゴッホの「ひまわり」を当時の相場を大幅に上回る53億円という高額で落札したことです。

 この作品は“ひまわりの画家”ゴッホが画業最盛期であったアルル在住時に残した7点の「ひまわり」のうちの1点で、縦1m、横76cmで最も大きく、花弁の黄色が最も鮮やかに描かれていることで高く評価されている名作です。

 損保会社が巨額を投じて絵画を購入したことに対して、海外からは日本企業が絵画の国際価格を吊り上げてしまったとか、国内では、金余りの日本を世界にさらしたとか、損害保険会社の経営に直接関係ない絵画の購入としてはあまりにも巨額過ぎるなどとの批判が噴出して世間を賑わせることになり、空前の絵画ブームのきっかけともなりました(注)。

 こうしたことが当館の恰好な宣伝になり、それまでの年間入館者は多くて3万人だったのに対し、「ひまわり」一般公開後は、わずか半月で3万5千人を超えるほどの人気ナンバーワンの美術館に変身しました。高額なゴッホの名画は長い目でみると、安い広告宣伝費だったともいえます。

 ゴッホの「ひまわり」に引き続き、1989年にはゴーギャンの「アリスカンの並木路・アルル」、1990年にはセザンヌの「りんごとナプキン」が加わり、  “目玉商品”が3点になって、特別に造られた防弾ガラスの中に常時展示されています。

 ゴーギャンは、アルルのゴッホの下で共同生活をはじめたもののわずか2カ月で破れたといわれています。ゴッホが購入した大きなキャンバス地の一部が「ひまわり」となり、ほかの一部が「アリスカンの並木路・アルル」となったことが調査の結果判明し、遠く離れた日本の美術館の1室で隣あって展示されているのは何とも不思議な縁だといえます。

(注)日本人が高額で落札した主な名画

 1.1987年 ゴッホ『ひまわり』58億円

 2.1989年 ピカソ『ピエレットの婚礼』75億円

 3.1990年 ゴッホ『医師ガシェの肖像』120億円

 4.1990年 ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』136億円

                     (絵画史上 第2位の価格)

4.思い出に残る特別展

 損保ジャパン美術財団は美術館運営に加えて、現代作家の美術活動奨励のための表彰事業や授賞作家の作品を紹介する「損保ジャパン美術財団選抜奨励展」を継続して開催してきています。

 私が興味を惹かれるのはやはり特別展です。これまでに開かれた特別展で印象に残っているのは、『ヴラマンク・里見勝蔵・佐伯祐三展』(2001年6〜7月)、『ピエール・ボナール…彩られた日常…』(2004年4〜6月)、『ベルト・モリゾ展』(2007年9〜11月)、『没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展』(2008年4〜6月)、『没後80年 岸田劉生…肖像画をこえて…』(2009年4〜7月)などです。

 最近開催された『モーリス・ユトリロ展−パリを愛した孤独な画家−』(2010年4月17日〜7月4日)も見ごたえある特別展でした。これはユトリロが絵画を描きはじめた「モンマニーの時代」から「白の時代」、「色彩の時代」までの全画業の変遷を紹介した展覧会で、90余点の出品作品はすべて日本初公開の作品とのことで新鮮な感動をおぼえました。

 去る6月18日に私がユトリロ展を訪れた時に、ビルの1階で「鯉江良二展」が開かれていました。鯉江良二は“日本の六古窯”のひとつ常滑に生まれ、日本の伝統技術を生かしながら近代感覚の陶芸作品を次々に世に送り出し、国内外で個展を開催している陶芸家で、以前から注目していました。美術館で個展を開催するほどの実力派の新しい作品に偶然出会えて、得をした気分になりました。

 新宿は便利なところで手軽に行けますので、こうした魅力ある特別展をこれからも開催し続けてほしいものです。


展覧会トピックス 2010.7.1




 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。


1.「オルセー美術館2010 

        ポスト印象派…ゴッホ、ゴーギャン、ルソー…」

 会 期:2010.5.26〜8.16

 会 場:六本木 国立新美術館

 観覧料:一般 1500円

 電 話:ハローダイヤル

 休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)

 http://orsay.exhn.jp/

 「空前絶後の世界巡回展」「これらの絵画がまとめてフランスを離れることは2度とない」「過去最大規模のオルセー美術館展の集大成」などといわれています。モネ5点、セザンヌ8点、ゴッホ7点、ゴーギャン9点、ルソー2点をはじめとする絵画115点がずらりと並び、モネ「ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光」、セザンヌ「台所のテーブル(篭のある静物)」、ゴッホの「自画像」など、オルセー美術館から初来日する作品は約60点です。


2.「印象派はお好きですか? コレクション展」

 会 期:2010.4.20〜7.25

 会 場:京橋 ブリヂストン美術館

 観覧料:一般 800円(65歳以上 600円)

 電 話:ハローダイヤル

 休館日:月曜日(7/19は開館)7/20

 http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

 現在、東京では、三菱一号館美術館、国立新美術館、森アーツセンターギャラリーの3館で海外の有名美術館の西洋絵画の代表的名品が勢揃いしています。このブリヂストン美術館では、館が所蔵する印象派、ポスト印象派の名品が展示されています。マネを生みの親とするモネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、ドガなどの印象派。印象派を引き継いだポスト印象派のセザンヌ、ゴーガン、ゴッホ、シニャックなど日本人好みの西洋絵画の名品とも出会うことができます。

 

3.「紅心 小堀宗慶展…創作と審美眼の世界…」

 会 期:2010.6.5〜7.11

 会 場:目黒 目黒区美術館

 観覧料:一般 1000円

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 江戸時代の大名茶人・小堀遠州の子孫で遠州茶道宗家の12世家元の小堀宗慶宗匠の創作と審美眼の世界をたどる展覧会です。若い頃から大和絵や琳派などの絵や定家様(ていかよう)の書、和歌を学んだ宗慶宗匠の絵や書など約90点のほか、自らの審美眼で選んだ国宝「大井戸茶碗 銘喜左衛門」や重文「青井戸茶碗 銘柴田」など茶器の名品中の名品16点が展示されています。

                                          以上

2010.6.16

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(43)

井出 昭一

「 講談社野間記念館 」

“雑誌王”野間清治のコレクション



 場 所:〒112−0014 東京都文京区関口2−11−30

 電 話:03−3945−0947

 入館料:一般 500円(65歳以上400円)

 休 館:展示期間中の月・火曜日

 交 通:<バス利用の場合>

      JR山手線目白駅前または目白駅前(川村学園前)より

      新宿駅西口行きまたは椿山荘行きにて「椿山荘前」下車 徒歩1分

     <地下鉄利用の場合>

      東京メトロ有楽町線「江戸川橋駅」下車、1a出口より 徒歩10分

      または「護国寺駅」下車、6番出口より 徒歩10分

 http://www.nomamuseum.kodansha.co.jp/




1.プロローグ

 講談社野間記念館は、出版大手の講談社が創業90周年の記念事業として平成12年( 2000年)4月に設立した都内では比較的新しい美術館です。

ここを訪ねるには、地下鉄有楽町線の「護国寺駅」「江戸川橋駅」を利用することもできますが、私の場合は目白駅からバスで行くか、天気の良い日などは目白駅から歩いて行きます。目白通りを都心に向かって進み、学習院大学、川村学園、日本女子大などの学校群を横目に通ってゆき椿山荘の手前、東京カテドラル聖マリア大聖堂の向かい側が講談社野間記念館です。門からアプローチを経て美術館となりますが入口には竹が植えられ、建物は閑静な目白の杜に囲まれています。



2.ユニークな色紙のコレクション

 所蔵品は、講談社の創業者・野間清治(1878〜1938)が大正から昭和初期かけて収集した美術品を主体として、大きく3つに分けられます。

 第一は、近代日本画、近代洋画、彫刻、陶磁器などの美術品です。このうち野間清治が自ら画家に直接依頼して収集した6千点におよぶ色紙群は圧巻で、これにより日本近代美術史の流れを概観できるほど充実しています。

 第二は、明治42年(1909年)大日本雄弁会(講談社の前名)の創立以来、蓄積されてきた「出版文化資料」です。それらは、戦前の雑誌に掲載された表紙絵、口絵、挿絵の原画や、絵本の原画などを中核として、当時の雑誌や付録、また雑誌や書籍の宣伝に使用されたポスターなど広範な内容となっています。

 第三は、講談社とゆかりの深い画家・村上豊(1936〜 )の作品群です。村上豊は、週刊誌・新聞の連載小説の挿絵、絵本の原画、書籍の装幀などを数多く手掛け、とくに講談社が発行する月刊誌「小説現代」の表紙の挿絵は、創刊号から現在に至るまで担当しています。

 講談社を創業した野間清治は、新潮社の佐藤義亮、岩波書店の岩波茂雄とともに“出版創業3巨人”のひとりで、明治44年(1911年)に講談社を設立し、雑誌「講談倶楽部」を創刊しました。大正14年(1925年)に創刊した雑誌「キング」が爆発的なヒットになり、昭和前期には出版界リードして“雑誌王”と呼ばれるまでになりました。

 この出版界の巨人のコレクションを展示する野間記念館は、根津美術館(東武鉄道系)、五島美術館(東急電鉄系)、逸翁美術館(阪急電鉄系)など日本および東洋美術や茶道具を中核とするいわゆる私鉄系美術館とは異なり、日本人画家の作品を中心に色紙や出版関係の多岐にわたるコレクションを保有するというユニークな存在といえます。

(注)根津美術館については、『わたしの美術館散策』(39)で、五島美術館は、同じく(12)で紹介しています。

3.親交のあった横山大観と野間清治

 近代日本画壇の巨匠・横山大観(1868〜1958)と野間清治との交際は大正10年(1921年)ころから始まったといわれ、野間は大観に作品の制作を依頼し、大観は自ら制作すると同時に日本美術院の後輩画家たちにも、野間への作品制作を斡旋するほど親密な関係にあったようです。

 このため野間コレクションは、大観の大正期の作品を中心に、同時代に活躍した下村観山、木村武山のほか、安田靫彦、小林古径、小茂田青樹ら、私の好みの日本美術院の画家たちの作品を多数所蔵しています。作品の展示室は4室ですが落ち着いていて心休まる美術館のひとつです。

 庭園は決して広くはありませんが、手入れが行き届いていて、四季折々の花が楽しめます。私が今回訪ねた時はピンクのハナモモが満開でしたが、シダレザクラの満開のときはさぞ華やかだろうと思います。来年はぜひサクラの季節にも訪れて休憩室からゆっくり眺めたいものです。

 なお、現在は『近代の歴史画と「講談社の絵本」展』(5月29日〜7月19日)が開催中で、横山大観や木村武山など日本美術院の画家や官展系の画家が描いた歴史画のうち、大正末から昭和初期にかけて講談社の雑誌『キング』の口絵や絵本を飾った原画が展示されています。

4.“野間王国”の周辺散策

 野間記念館の東側に隣接する椿山荘は明治の元勲で公爵の山縣有朋の本邸のあったところです。反対に西側は伯爵の田中光顕邸で現在は蕉雨園と呼ばれていますがここは非公開です。この蕉雨園と胸突坂を挟んだ西側は旧細川侯爵の屋敷。現在は和敬塾本館となっている旧細川侯爵邸、細川家の宝物館である永青文庫、いずれも一度は訪れたいところです。このように、目白台と関口の台地一帯は旧華族の邸宅が立ち並んでいた由緒ある土地柄で、明治以降現在に至るまで話題となる東京カテドラル聖マリア大聖堂(設計:丹下健三)とか日本女子大成瀬記念講堂(設計:田辺淳吉)などの建物が点在しているところでもあります。

 さらに、目白通りの東側の鳥尾坂を過ぎて音羽通りに抜ければ、鳩山会館(旧鳩山一郎邸、設計:岡田信一郎)にも行くことができます。この音羽通りには野間清治の創設した講談社もあり、音羽通りの北の突き当たるところは護国寺で、明治以降の政界、財界で活躍した有名人の墓が立ち並んでいます。その中にあって、野間清治とその一族の墓は最も広く目を惹くものです。

こうしてみると、目白台には、野間記念館、蕉雨園、芭蕉庵、講談社、講談社道場など“野間王国”の関係建物、施設が集中しているところだといえます。

 (注)永青文庫については『わたしの美術館散策』(15)で紹介しています。また、日本女子大成瀬記念講堂、鳩山会館(旧鳩山一郎邸)、護国寺については、『古今建物集…美しい建物を訪ねて…』(明治安田生命友和会 明和会分会ホームページ)の(17)、(21)、(46)でそれぞれを紹介しています。

ご興味のある方は下記をご覧ください。

http://yuwakai.org/dokokai3/idesanzuihitu2007/ide-mokuji/ide-mokuji.htm


展覧会トピックス 2010.5.29





 美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

 1.「茶の湯の美…数寄のかたちと意匠…」

 会 期:2010.4.10〜6.20

 会 場:白金台 畠山記念館

 観覧料:一般 500円

 電 話:03−3447−5787

 休館日:月曜日

http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/

侘び茶を大成した千利休と継承発展させた古田織部や小堀遠州ゆかりの茶道具など、春から初夏にかけての季節にふさわしい品々を展示しています。

 主な展示品は、重文の宗峰妙超墨跡法語(4/10〜5/13)、瀬戸面取茶入(吸江)、粉引茶碗(放れ駒)などです。

2.「住友コレクションの茶道具…泉屋博古館創立50周年記念…」

 会 期:2010.4.24〜6.20

 会 場:六本木 泉屋博古館分館

 観覧料:一般 520円

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日

http://www.sen-oku.or.jp/tokyo/

 住友家が蒐集した美術品を保存、展示する美術館として昭和35年に発足した泉屋博古館の創立50周年記念展です。所蔵品は十五代住友吉左衞門(春翠)が蒐集した中国古銅器と鏡鑑を中心に中国・日本の書画、洋画、近代陶磁器、茶道具、文房具、能面・能装束など広い範囲に及びますが、今回はこの中から茶道具の名品が展示されています。

3.「茶 Tea…喫茶のたのしみ…」

 会 期:2010.4.3〜6.6

 会 場:丸の内 出光美術館(帝劇ビル9階)

 観覧料:一般 1000円

 電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日

http://www.idemitsu.co.jp/museum/

 出光美術館の蔵品のなかから茶道具、煎茶具これらに関連する書画・工芸の優品約120件が展示されています。重文の玉澗筆「山市晴嵐図」(4月27日〜6月6日展示)、「唐物肩衝茶入(師匠坊)」、大名物5件、中興名物3件などが12年ぶりに揃って展示されます。

4.「智恵子抄…高村光太郎と智恵子―その愛…」

 会 期:2010.4.29〜7.11

 会 場:虎ノ門 菊池寛実記念 智美術館

 観覧料:一般 1000円

 電 話:03−5733−5131

 休館日:月曜日

http://www.musee-tomo.or.jp/

 彫刻、詩、美術評論等で足跡を残した高村光太郎の諸作品と甥で写真家の高村規氏の工房で再現された光太郎の妻・智恵子の紙絵などにより、二人の創造と愛の軌跡を辿る展覧会です。

                                          以上

2010.5.6

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(42)

井出 昭一

「東山魁夷記念館」と「信濃美術館東山魁夷館」

…東山魁夷に関する二つの館…



市川市東山魁夷記念館

場 所:〒272−0813 千葉県市川市中山1−16−2

電 話:047−333−2011

入館料:一般 500円(65歳以上400円)

休 館:月曜日

交 通:JR総武線「下総中山駅」下車、徒歩20分

    京成成田線「中山駅」下車、徒歩15分

http://www.city.ichikawa.chiba.jp/bunka/higashiyama/

長野県信濃美術館東山魁夷館

場 所: 〒380−0801長野市箱清水1−4−4(善光寺の東隣)

電 話:026−232−0052

入館料:東山魁夷常設展 一般 500円

休 館:水曜日、年末年始(12/28〜1/1)

http://www.npsam.com/about/index.php



1.プロローグ

現在、日本で最も人気のある日本画家の双璧は平山郁夫と東山魁夷です。

平山郁夫は院展(日本美術院)、東山魁夷は日展とその活動の場は異なり、また取り組んだ障壁画の大作も平山郁夫は薬師寺、東山魁夷は唐招提寺と常に対比される二人の巨匠です。

人気があるだけに東山魁夷に関する美術館は全国に市川市の東山魁夷記念館、長野市の長野県信濃美術館東山魁夷館、香川県立東山魁夷せとうち美術館、岐阜県中津川市(旧長野県山口村)に東山魁夷心の旅路館の4館があります。ここでは前2館の東山魁夷記念館と信濃美術館東山魁夷館を取り上げます。

2.市川市の自宅の隣地に建てられた東山魁夷記念館

東山魁夷は、昭和20年(1945)から平成11年(1999)に逝去するまで50年以上の長きにわたって市川市に住み続け、この地から昭和22年(1947)第3回日展で特選となった「残照」、第6回日展に出品した「道」をはじめ数々の名画が世に送り出されました。「残照」と「道」は、日本画壇で東山魁夷の風景画家としての地位を決定づけた作品として知られており、竹橋の東京国立近代美術館でときどき展示されます。

 東山魁夷が戦後の日本画の世界に残した偉大な功績を顕彰し、その生涯と作品など諸資料を展示公開するため、市川市は画伯が長年住み慣れた自宅のアトリエの隣地に記念館を建て、平成17年(2005)11月開館しました。

 (この自宅は、東山魁夷と1908年の同年生まれで、東京美術学校〈現:東京藝術大学〉でも同窓の建築家・吉村順三の設計により、昭和28年(1953)に建てられたものです。)

 東山魁夷記念館の建物は、八角形の塔を頂く洋風の外観です。これは画伯が若いころ留学した地であるドイツの雰囲気が漂うような建物です。道路からアプローチを進み、エントランスホールに入って右側に1階展示室があります。ここでは東山魁夷の生涯を紹介しています。2階展示室には作品、スケッチ、リトグラフなどが展示されています。

 建物は大きくなく、作品も決して多くはありませんが、東山画伯が求めた“日本の美の世界”に浸るには充分で、1階のカフェレストランでくつろいだり、八角形の塔の真下にある2階の休憩室で歓談することもできます。

東山魁夷記念館はその名前の通り、美術館ではなく記念館ですから、東山魁夷の作品を鑑賞するよりは、画伯の“人”を知るための館のようです。

3.谷口吉生が設計した東山魁夷館

 東山魁夷の作品が常時展示されている美術館は、長野県信濃美術館東山魁夷館です。昭和62年(1987)、東山魁夷は本制作、習作、スケッチ、下図など、当時自宅に所蔵されていた500余点を自ら「私の作品を育ててくれた故郷ともいえる長野県」へ一括寄贈されました。これを受けて平成2年(1990)長野県信濃美術館に併設して建てられたのが東山魁夷館です。

 収蔵作品は、「緑響く」「白馬の森」などの本制作33点、「ヨーロッパ風景」「京洛四季」のシリーズの習作・スケッチ、日展の準備作など現在では千点弱にまで増えています。これらの中で、とくに目を惹くのは唐招提寺御影堂障壁画の試作です。

 東山魁夷館は善光寺の東隣りの城山公園にあり、建築家・谷口吉生の設計による近代的建築です。谷口吉生の父で建築家の吉郎と東山魁夷が親密であったことから画伯の要望により設計されたといわれています。

 谷口吉生は、設計にあたって「展示作品の額縁になるような建築」を目指したと語っています。軽快感を出すために重厚な建材の代りにアルミ材を使い、外側を低い塀で囲い込んで中庭と池を配しています。ラウンジの天井に池の光が反射するようにしたため、美術館は明るく開放的な空間となっています。こうした恵まれた環境の中で、東山絵画を堪能できるごとはありがたいことです。 

4.懐かしい東山魁夷展

 私が初めて東山魁夷の絵に出会ったのは、高島屋で開かれた「北欧風景画展」のときで、日本画とは思えない清涼感、爽やかさを感じました。これは昭和38年(1963)のことですから、50年近くも前のことです。それ以来現在まで東京で開かれた東山魁夷展にはほとんど顔を出してきました。(注)

個展のほか、日展、東京国立近代美術館、山種美術館などでも巡り会っていますが、いつ見ても何回見ても、濁りがなく爽やかなところが東山絵画のたまらない魅力です。

東山魁夷が手掛けた皇居新宮殿大壁画「朝明けの潮」(1968年)は一般の人は目にすることはできません。山種美術館の創立者・山崎種二がこの大作をひと眼見て感動し「一般の方にも作品を見ていただけるように」との思いから、東山画伯に直接依頼して完成したのが幅9メートルを超える大壁画「満ち来る潮(うしお)」です。これは、完成直後、当時、茅場町の山種証券ビル内にあった山種美術館で展示されました。昨年10月に広尾に移転した山種美術館の開館記念特別展で12年ぶりに公開されました。

東山魁夷は日本画の巨匠であるばかりか、エッセイストとしても多くの著書を著しています。画伯の温和な性格が滲み出ている文章に惹かれて「わが遍歴の山河」(1957年)、「白夜の旅」(1963年)、「風景との対話」(1967年)、「京洛四季」(1969年)など次々と読んだものです。

(注)東京で開催された主な東山魁夷展

(1)「東山魁夷 北欧風景画展」昭和38年(1963.5.21〜5.26)日本橋・高島屋

   昭和36年の最初の自選展に次ぐ個展で27点を展示。

(2)「東山魁夷展…新宮殿壁画<朝明けの潮>下図・京洛四季」昭和43年

(1968.11.9〜11.14)銀座・松屋 

新宮殿の長和殿南溜の壁画<朝明けの潮>下図と京洛四季の連作を展示。

(3)「東山魁夷展」昭和46年(1971.11.9〜11.28) 銀座・

東京セントラル美術館(11/17鑑賞)

   「残照」「道」「白夜光」など代表作67点を展示。

(4)「東山魁夷新作展」昭和46年(1971.11.9〜11.14)

日本橋・三越(11/13鑑賞)

    ドイツ、オーストリアの「古都」の連作30点と「窓」の小品連作47点を展示。

(5)「東山魁夷 唐招提寺障壁画展」昭和50年(1975.5.8〜5.

13)日本橋・高島屋

    御影堂障壁画の第1期の「山雲」「濤声」を公開展示。

(6)「東山魁夷展」昭和50年(1975.5.7〜5.18)渋谷・東急百貨店本店(5/7鑑賞)

   「道」「たにま」「朝明けの潮」(実寸6分の1の試作)など代表作70余点展示。

(7)「東山魁夷 第二期唐招提寺障壁画展」昭和55年(1980.2.26

〜3.16)日本橋・三越

御影堂障壁画第2期の「黄山曉雲」「揚州薫風」「桂林月宵」を公開展示。

(8)「東山魁夷展」昭和56年(1981.8.14〜9.27)竹橋・

東京国立近代美術館(8/22鑑賞)

代表作を網羅した過去最大規模の回顧展。

(9)「東山魁夷 唐招提寺全障壁画展」昭和57年(1982.3〜)日本橋・

高島屋

御影堂障壁画の全点展示。

    第1期 昭和50年(1975)5月「山雲」「濤声」

    第2期 昭和55年(1980)2月「黄山曉雲」「揚州薫風」「桂林月宵」

        昭和56年(1981)7月 厨子絵「瑞光」

(10)「唐招提寺展…金堂平成大修理記念…」平成17年(2005.1.

12〜3.6)東京国立博物館平成館(数回鑑賞)

     国宝の鑑真和上像と盧舎那仏と御影堂障壁画全点を展示。

    

5.エピソード…東山魁夷画伯との思い出…

残暑厳しい昭和56年(1981年)8月22日、小学校2年と4年の娘を連れだって家族一同、竹橋の東京国立近代美術館で開催中の「東山魁夷展」を見学したときのことです。

見終わって出口にきたとき、偶然にも東山画伯ご夫妻が眼に止まり、私は冗談交じりに娘に向かってお礼の挨拶に行くように勧めてみました。娘達は本気になって東山画伯のところに走ってゆき「今日はきれいな絵を沢山みました。ありがとうございました。」と伝えたところ、温和な画伯は娘の頭をやさしく撫でながら「わざわざ来ていただきありがとう。また見に来てくださいね。」と語りかけていただきました。その娘も今や3歳の娘の母親となって、このことを懐かしく思い出しています。“10年ひと昔”どころか“ふた昔”以上も古い話になってしまいました。

(「わたしの美術館散策(28)東京国立近代美術館」掲載文を一部修正しました。)



展覧会トピックス 2010.3.28







美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「マネとモダン・パリ…三菱一号館美術館開館記念展?…」

会 期:2010.4.6〜7.25

会 場:丸の内 三菱一号館美術館

観覧料:一般 150円

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(5/3、7/19は開館)

http://mimt.jp/

印象派の代表的画家エドワール・マネの全貌を紹介する展覧会で、代表的な油彩、素描、版画80点余が出品され、日本でマネの作品をまとまった形で見ることができる貴重な機会です。また、同時代の作家たちの油彩、建築素描、彫刻、写真など約80点もあわせて展示されます。

2.「モーリス・ユトリロ展…パリを愛した孤独な画家…」

会 期:2010.4.17〜7.4

会 場:西新宿 損保ジャパン東郷青児美術館

        (損保ジャパン本社ビル 42階)

観覧料:一般 1000円(65歳以上 800円)

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(5/3は開館)

http://www.sompo-japan.co.jp/museum/

モーリス・ユトリロの「モンマニーの時代」から「白の時代」、「色彩の時代」までの90余点の作品により画業の変遷を紹介するもので、出品作品はすべて日本初公開の作品とのことです。

3.「ボストン美術館展…西洋絵画の巨匠たち…」

会 期:2010.4.17〜6.20

会 場:六本木 森アーツセンターギャラリー

           (六本木ヒルズ森タワー52階)

    専用入口(ミュージアムコーン)から入場する。

観覧料:一般 1500円

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:会期中無休

http://www.roppongihills.com/art/macg/index.html

世界屈指の美術館・ボストン美術館が誇るヨーロッパ絵画コレクションから、16〜20世紀の名画80点が展示されます。エル・グレコ、ベラスケス、レンブラント、コロー、ミレー、マネ、モネ、セザンヌ、ルノワール、ゴッホ、ピカソ、マティスなど「美術史の教科書」で知られた西洋絵画の巨匠の名画が並びます。 



                                          以上

2010.3.30

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(41)

井出 昭一

「川崎市岡本太郎美術館」と「岡本太郎記念館」

…岡本太郎の作品を展示する二つの館…



川崎市岡本太郎美術館

場 所: 〒214−0032 川崎市多摩区枡形7−1−5
問合せ: 電話:044−900−9898
交 通:小田急線「向ヶ丘遊園」駅南口下車、徒歩17分
     または同駅南口よりタクシーで4分、日本民家園前で下車、
     徒歩4分
入館料: 一般 600円(65歳以上 400円)
休 館:月曜日(祝日の場合は開館)
http://www.taromuseum.jp

岡本太郎記念館

場 所: 〒107−0062 東京都港区南青山6−1−19
問合せ: 電話:03−3406−0801
交 通:東京メトロ・銀座線、千代田線、半蔵門線
     「表参道」駅下車、徒歩8分
入館料: 一般 600円
休 館:火曜日(祝日の場合は開館)
http://www.taro-okamoto.or.jp/index.html




1.プロローグ

「芸術は爆発だ」と叫んでテレビを賑わせたのは岡本太郎です。その岡本太郎の作品が展示されている二つの館を紹介します。

2.国際派の芸術家“岡本太郎”の横顔

岡本太郎は、人気漫画家の岡本一平と歌人で小説家の岡本かの子の長男として現在の川崎市で生まれました。慶應の幼稚舎、普通部を経て、1929年(昭和4年)東京美術学校(現在の東京藝術大学)の油絵科に進みますが、退学して同年、両親と共にフランスに渡りました。一人パリに残って10年間ほど滞在し、広く芸術家との交流を深め、当時の最先端の芸術・文化・学問の吸収に努めました。

昭和15年(1940年)帰国後し、国内では二科会を中心に、昭和36年(1961年)9月に脱会するまで活動を続けました。日本人芸術家としては珍しくフランスやメキシコで幅広く制作活動を展開し“世界の岡本”と称されるほどの国際派の存在です。 

岡本太郎の作品は、原色を使った躍動感溢れるものばかりで、爆薬が炸裂したような激しさを持ち、若さ一杯という感じです。淡い色彩で静寂・平穏・ほのぼのといった作風の牛島憲之とか吉田善彦などとは全く対照的なものです。

屋外の彫刻・モニュメントなどを多く残していますが、日本中に強烈な印象を植え付けたのは、大阪万博のシンボル「太陽の塔」です。これはつい最近のことのように思っていましたが、すでに40年前も前のことで、「芸術は爆発だ」と叫ぶ岡本太郎がテレビを賑わせたことなども懐かしくなるこの頃です。

3.川崎市岡本太郎美術館

 川崎市岡本太郎美術館は小田急線の向ヶ丘遊園を下車して17分ほど歩いたところです。日本民家園の近くにあってメタセコイヤの林の先にある黒川紀章設計の近代的建物です。

岡本太郎は生前1991年に、生誕の地である川崎市に352点の作品をまとめて寄贈しました。川崎市はこれを機に作品を展示する美術館の建設を計画しました。その後1993年にはさらに1427点の作品が追加して寄贈され没後の1999年に美術館は完成しています。

美術館の内部は複雑な形ですが、それぞれ展示室にふさわしい作品が並んでいて、岡本太郎一色の世界です。絵画は赤青黄の3原色を駆使し、彫刻は曲線を多用して強烈な印象を与えるので、われわれシニアにとっては激し過ぎるのでしょうか。美術館の入館者の8割が30代以下で20代が6割を占めていて、若者には圧倒的人気があることも納得できます。私が訪ねたのが、ウィークデーだったためか、若者よりも老夫婦、子供連れの母親の来館が多く目に止まりました。

美術館のシンボルとなっているモニュメントの「母の塔」は、高さが30メートルもあって近づいて見るとその大きさに圧倒されます。青山の岡本太郎記念館のテラスに置かれているミニ版(といっても2メートル近いものですが…)と比べると、その迫力の相違が歴然とするほどです。実際の現物を見ないと、図録の写真や縮小模型では岡本太郎が訴えようとした本来の狙いは理解でません。この「母の塔」1点を見ただけでも、美術館に来た甲斐があったと思いました。

来年は岡本太郎の生誕百周年ということですから、芸術家としての幅広い分野で足跡を残したその全貌が一望できるような展覧会を期待したいものです。

 

4.岡本太郎記念館 

岡本太郎記念館は、東京の青山にあります。記念館になっている建物は、アトリエ兼住居としてル・コルビュジエの愛弟子で友人でもあった坂倉準三の設計により、昭和29年(1954年)に完成しました。1954年から84歳でこの世を去る1996年まで40年以上も生活した場所です。ブロックを積んだ上に凸レンズ状の屋根を載せるという独創的な形をしています。この地はかつて青山高樹町三番地で、静かな住宅街でしたが現在では再開発が進んで、記念館の周りは広い更地に整備されていますので、いずれ高級マンションとなるかもしれません。 

 入口の右の庭には、所狭しとばかりに岡本太郎の作品が密集して置かれています。記念館の壁面、入り口のドアのノブも岡本太郎の作品で、一歩足を踏み入れると、1階2階とも、彫刻、絵画、写真など“岡本太郎一色“の世界。アトリエも生前使っていた状態で保存され、壁面にはキャンバスがぎっしりと並んでいます。岡本太郎は縄文土器や“万治の石仏”(諏訪大社下社春宮近く)の美の再発見者としても知られていますが、記念館には縄文土器の写真も飾られています。

川崎の岡本太郎美術館では写真撮影が禁止されていますが、こちらの記念館の方は自由に撮影できますので、子供を作品の前に立たせて写真を写す若夫婦のほほえましい姿も見られました。

5.街で誰もが目にできる巨大壁画

岡本太郎の作品には、これらの美術館や記念館に行かなくても街中で巡り会うことができます。昨年11月、渋谷のマークシティー連絡通路(京王井の頭線渋谷駅に向かう通路)に巨大壁画「明日への神話」が公開され話題になりました。

これは大阪万博の「太陽の塔」とほぼ同じ時期に制作された岡本太郎の最高傑作と評されている作品です。大きさは、幅30メートル、高さ5.5メートルという巨大壁画です。この壁画は、原爆が炸裂する悲劇の瞬間を描いたもので、「人は残酷な惨劇さえも誇らかに乗り越えることができる。そしてその先にこそ『明日の神話』が生まれるのだ」という、岡本太郎の強いメッセージが込められているといわれるだけあって強烈な印象を受けます。

有名なピカソの「ゲルニカ」(幅7.8メートル、高さ3.5メートル)はモノトーンですが、「明日への神話」はその超拡大彩色版ともいえる作品です。

岡本太郎は、メキシコのホテル経営者からの依頼により、現地でこの壁画を完成しましたが、複雑な事情でホテルに飾られることなく行方不明になっていました。

2003年秋に、メキシコシティ郊外で発見されたものを、日本に送り返し、修復後、2006年6月に汐留で一般公開され評判になりました。さらに2007年4月からは1年2カ月にわたって東京都現代美術館で特別公開されました。

恒久的設置場所を検討の結果、渋谷が選定され、2008年11月に除幕式が行われるに至ったわけです。

 私は汐留にも現代美術館の公開時にも行くことができませんでしたので、渋谷に行ってみました。朝の通勤時や夕方の帰宅時には、壁画の下の通路は、まさにラッシュ状態で壁画を見る余裕など全くなさそうですが、日中の閑散のときでも壁画を注目する人は見当たりませんでした。

 汐留で初めて公開された時には、僅か50日間という限られた期間に200万人の入館者が押し寄せたというのに、どういうことなのでしょうか。短期間で有償ならドッと人が押し寄せて、いつでも無償なら見向きもしないという不思議な現象です。



展覧会トピックス 2010.3.28







美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

1.「生誕120年 小野竹喬展」

会 期:2010.3.2〜4.11

会 場:北の丸公園 東京国立近代美術館

入場料:一般 1300円

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:月曜日(3/22・29は開館)3/23

 http://www.momat.go.jp

1999年以来、10年ぶりの大回顧展です。本画119点、スケッチ52点の出品は過去最大で、この10年の間に確認された作品11点の新出作品も紹介します。

2.「胸中の山水・魂の書…山水画の名品と禅林の墨跡…」

会 期:2010.3.13〜4.18

会 場:南青山 根津美術館

入場料:一般 1200円

電 話:03−3400−2536

 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.nezu-muse.or.jp/

足利将軍家に伝来した中国南宋の名品・牧谿筆「漁村夕照図」や中国元時代の作品で筆者の現存唯一の遺墨「龍巌徳真墨蹟」などが展示され、墨の微妙な表現がケース内でも再現できるよう新しい照明設備が工夫されているそうです。

3.「ルノワール…伝統と革新…」

会 期:2010.1.20〜4.5

会 場:六本木 国立新美術館

入場料:一般 1200円

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

 休館日:火曜日

http://www.nact.jp/

印象派の巨匠オーギュスト・ルノワール回顧展です。柔らかな筆づかいの愛らしい女性像で知られるルノワールは風景画、静物画、装飾画など、印象派の中でも広い領域に取り組んだ画家でした。ボストン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、オルセー美術館をはじめ、国内外の主要コレクションから集めた約80点の作品が紹介されます。

                                          以上

2010.2.28

…My Museum Walk …『わたしの美術館散策』(40)

井出 昭一

原美術館

…現代美術専門の美術館に変身した個人邸宅…


場 所:〒140−0001 東京都品川区北品川4−7−25

問合せ:電話:03−3445−0651

交 通:JR「品川駅」高輪口下車、徒歩15分

入館料: 一般 1000円

休 館:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html



1.プロローグ

「原美術館」というと、“原三溪の美術館ですか”とか、“大原美術館の間違いではありませんか”といわれることもありますが、原三溪とも大原美術館とも全く関係なく、国内では数少ない現代美術専門の私立美術館です。

私は現代美術を理解できませんが、この建物が渡辺仁の設計だというので、建物を見たいために訪ねてみました。

1.モダニズムの邸宅が美術館に変身

原美術館を訪ねるには、JR「品川駅」の高輪口を出て第一京浜国道を南に進み、新八ツ山橋交差点を右折し、次の御殿山交番の信号を左折して行くと静かな住宅街の一角に目指す美術館に至ります。この信号の右側の石垣で囲まれた広大な一帯は三菱財閥二代目・岩崎彌之助邸の建っていたところで、現在は三菱開東閣となっています。

美術館の建物は原邦造の邸宅として渡辺仁が設計し、昭和13年に完成した鉄筋コンクリート造2階建ての瀟洒な建物です。

この建物は、昭和初期にヨーロッパから流入したモダニズム建築の代表ともいわれ、平らな屋根を持ち、横長の連続窓、装飾を付けないシンプルな外観などがその特徴とされています。正面玄関は水平と垂直な面で構成され、柱は大理石で重厚な雰囲気で、外壁は昭和初期に流行した四角のタイル張りです。半円形に外に張り出している朝食室、建物がカーブしている状況は航空写真で見るとハッキリと確認できます。原美術館の建物に、原邦造が住んだのはほんの2〜3年だけで、戦後は進駐軍に接収されました。

2.原邦造と渡辺仁

建物のオーナーだった原邦造(1886〜1958)は京都大学を卒業した後、経済界に入り明治製糖、東武鉄道社長のほか、東京ガス、日本航空会長を務めた経営者である一方、俳句や油絵をたしなむ趣味人で名利に淡々とした文化人だともいわれています。

邦造の養父・原六郎(1842〜1933)は明治から昭和初期にかけての経済界の重鎮で、横浜正金銀行頭取を務め、渋沢栄一、安田善次郎、大倉喜八郎、古河市兵衛らと共に“五人男”と称されていました。御殿山界隈は、日本の初代首相である伊藤博文や三井物産の創立者で数寄者でもあった益田孝(鈍翁)の大邸宅が建っていた屋敷街で、原六郎邸宅跡は現在御殿山ガーデンとなっています。

また、建物を設計した渡辺仁(1887〜1973)は東大建築科卒の建築家で、東京に現存する代表作は、上野の東京国立博物館本館、日比谷の第一生命館、敏座の和光(旧服部時計店)、横浜のホテルニューグランド旧館です。個人住宅としては知られているのは、昭和3年に目白に完成した尾張徳川家第19代当主の徳川義親侯爵邸です。この木造2階建ての建物は昭和43年(1968年)に八ヶ岳自然郷に移築され、八ヶ岳高原ヒュッテとして利用されています。なお、父親の渡辺渡は東京帝大工科大学長を務めた鉱山学者でした。

 

3.原美術館とハラ・ミュージアム・アーク

原美術館は1979年(昭和54年)の開館以来、年3〜4回の展覧会・講演会・パフォーマンスなどのイベントを通じて各国の現代美術を紹介しています。所蔵作品は1950年代以降の絵画・彫刻・写真・ビデオ・インスタレーションなどの現代美術作品が約850点で内容は多岐に渡っています。

庭には多田美波の『明暗』(1980年)、宮島達男の『時の連鎖』(1989〜1994年)、関根伸夫『空相』(1980年)などの作品が置かれ常時見ることのできます。

中庭を臨むところにカフェとショップがあり、カフェ「カフェダール」を結婚式場として使うことができます。中庭の芝生には椅子が置かれ、車の騒音から隔離された静かな雰囲気の中で心を豊かな時を過ごすことができます。

なお、原美術館は財団法人アルカンシェール美術財団を母体としていて、現代美術とは別に、美術のコレクターでもあった原六郎のコレクションの古美術も所蔵しています。

群馬県渋川市に、原美術館別館のハラ・ミュージアム・アークがあり、ここで現代美術と共に原六郎の古美術コレクションが展示されています。

この別館は建築家・磯崎新が設計したもので、厩舎風の黒いシャープな外観が注目されています。2008年7月には創立20周年を記念して、特別展示室「觀海庵(かんかいあん)」が造られ、こちらも磯崎新の設計ということですから一度訪ねてみたいものです。

原六郎コレクションの白眉ともいえる国宝の「青磁下蕪花生」(南宋時代)は東京国立博物館に寄託されているため、榛名山麓の渋川まで出向かなくて上野の東京国立博物館の中国陶磁の展示室で拝見することもできます。

なお、文京区の護国寺には重文に指定されている月光殿がありますが、これはもと滋賀県大津市の園城寺(三井寺)の塔頭の日光院客殿として建てられた書院造りの建物で、明治25年に御殿山の原六郎邸内に移築され、その後、六郎氏が護国寺に寄進し、昭和3年に移築され月光殿と改称されました。

私にとっては、原美術館=現代美術専門の私立美術館というよりは、原美術館→原邦造→原六郎→国宝「青磁下蕪花生」→重文「月光殿」(旧日光院客殿)と展開していく方が興味をそそられます。



展覧会トピックス 2010.2.25







美術館、博物館など開催場所のURLを表記しましたので、詳細はそれぞれのホームページをご覧ください。

偶然でしょうか、現在、「うつわ」という名の展覧会が3カ所で開かれていますので紹介します。

1.「麗しのうつわ…日本やきもの名品選…」

会 期:2010.1.9〜3.22

会 場:丸の内 出光美術館(帝劇ビル 9階)

入場料:一般 1000円

電 話:03−5777−8600(ハローダイヤル)

休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

 http://www.idemitsu.co.jp/museum/

出光美術館の陶磁コレクションは優品が揃っていることで定評があります。古くは猿投(さなげ)、古瀬戸から始まり、志野、織部、古唐津、楽、京焼、古九谷、柿右衛門、鍋島を経て、板谷波山にいたる近代におよぶ日本陶磁の名品が一堂に展示されます。

2.「懐石のうつわ…向付と鉢を中心に…」

会 期:2010.1.23〜3.22

会 場:白金台 畠山記念館

入場料:一般 500円

電 話:03−3447−5787

休館日:月曜日(3/22は開館)、2/19

 http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/

畠山記念館の創設者・畠山即翁は懐石を大切にした数寄者のひとりで、自身が催した茶会記には懐石料理とうつわを詳しく記していました。その即翁の懐石コレクションから向付と鉢に焦点を当てた展覧会です。

3.「吉祥のうつわ展…中国陶磁に見る祝い寿ぐ文様の世界…」

会 期:2010.1.5〜4.18

会 場:白金台 松岡美術館

入場料:一般 800円(65歳以上 700円)

電 話:03−5449−0251

休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

http://www.matsuoka-museum.jp/

松岡美術館の創立者松岡清次郎が蒐集した中国陶磁コレクションは、中国陶磁史をほぼ網羅できるほどです。今回は日本の陶磁に影響を与えた中国の吉祥文様に焦点をあて、宋から清までの中国陶磁器を選んで紹介しています。

                                          以上