高島靖男のインド日記
電車に乗るのは格闘技
電車
 社長からは電車に乗ることは止められていた。社長、周囲の説明では、とても日本から来た人が乗れるものではない、それほど混んでいて大変な乗物なのだそうだ。でも行動範囲を広げるためにはどうしてもその障害を乗り越えなくてはならない。土曜日にGoregaon(ゴレガオン)に住む生徒の一人Rajikishore君に頼んで電車の乗り方を教わった。私の住んでいる駅はBorivali(ボリバリ)駅という。このValiという意味はVillage(村)という意味で、昔は本当に村程度の場所であったのであろう。会社はGoregaonというところにある。Borivali(ボリバリ)駅から3つ先の駅である。乗車時間は20分ほどである。日本と違って電光掲示板の時間に電車は来ることはなく、また出発することもない。日本だけが異常に時間に気まじめということなのかもしれない。

(ボリバリ:出発駅)−(カンディバリ)−(マラード)−(ゴレガオン:目的駅)

 まず、切符であるが切符売場が駅の横にある。これがまた長蛇の列である。土曜日午後2時、切符を買うのに10分はかかった。2等は最低料金が4ルピー(約10円)である。予想通りであるがインド人の割り込みにはすさまじいものがある。悪いことをしている感覚はなく、割り込みをすることを楽しんでいるかの様子もある。並んでいると足を引っ張る手がある。小さな子供だ。物乞いの子供だ。服も体も泥だらけ黒びかりで目だけギラギラしている。目を合わせないことにする。そして、切符を売り職員の態度の悪いこと、悪いこと、ずっと携帯で話しっぱなしである。誰も注意しない。気にもしていないのか。でも切符はくれたし、お釣りも間違えなかったからよしとしよう。

ムンバイ中央駅
 ホームは6つある。どれに乗ればいいのか聞くと、電光掲示板にCと出ているのに乗ればいい、と教えてくれた。Cとは何かと聞くと、ChurchgateのCだそうだ。Churchgateはムンバイの中央駅である。Cと表示のある電車に乗った。土曜日ということもありスムーズである。これなら問題ない。「これなら僕でも乗れそうだね」とRajikishore君に言うと、「先生、今日は土曜日なので乗れますが、普通の日は先生には無理と思います」と言われてしまった。へ〜っ!そんなものなのか、と改めて思った。

 Goregaon(ゴレガオン)駅に到着するが、全く切符をチェックする様子はない。これでは切符を買う意味がないではないか。インド人もチェックしないことを知っているのに何故切符を買うのか?どうもわからない??Rajikishore君を始め、6人が住んでいる会社の寮に行った。ここには地方から出てきている若者が寄宿している。会社から5分くらいの距離である。食事は隣に住むメイドさんが作ってくれる、そうで本当に寄宿舎である。彼らはここに家賃と食費を払ってあとは仕送りしたり貯金をしているようである。皆、生徒なので歓待してくれた。午後3時過ぎであったが、まだ寝ているものも何人かいた。1時間ほど皆と談笑して駅に向かった。生徒が今度は3人もついてきてくれた。

 三人がBorivali(ボリバリ)駅までついてくる、というはさすがに断った。ただ見送りはする、というのでホームまで来てもらった。インドの駅は改札がないので誰でも自由に入れる。これでは切符を買う意味がないだろうに。4時である。先ほどとは打って変わって人の波である。電車が入ってきた。デッキに人がぶるさがっている。電車が完全に停車しないうちに人が飛び降り始めた、と同時に人が飛び乗っている。生徒が「先生、飛び乗って」と言って背中を押しこんでくれた。でなければ中に入れなかった。私の体は乗車客の中にまぎれて生徒の顔をもう見ることはできなかった。あとでお礼の電話をしよう。

 翌月曜日から日本から御客が来ることになっていて社長はそのアテンドをしなければならなかった。ヒテーシュ社長からは「先生、申し訳ありませんが、帰りはリキシャーを使って帰っていただけませんか」と以前から頼まれていた。だが、自分としては電車で帰ってみたかった。夕方になるとヒテーシュ社長が「先生、リキシャーで気をつけて帰ってください」と再確認された。「だいじょうぶですよ」とだけ、応えた。電車で帰る、と言うと止められるので言わなかった。

電車
 6時15分に会社を出た。Goregaon(ゴレガオン)駅で切符を買うためにならんだ。また10分かかった。全く効率が悪い。ホームに出ると人の波、うずである。先週の土曜日に生徒からBと書いた電車に乗ってください、と言われていた。BとはBorivali(ボリバリ)駅のことである。というよりBorivali(ボリバリ)駅は終点なのでどの電車でもOKである、ということがあとからわかった。勿論、Bと書いていない長距離電車もあるので注意が必要だが通勤時間帯にはまずそんな電車は走っていなかった。

 電車が到着した。土曜日と同じように乗ろうとしたが乗れない。本当に突撃しなければダメんなのである。しかも自分は手荷物があるので手擦りなどに掴まることもできない。結局、3台目の電車にかろうじて乗り込んだ。乗り込んだのはいいが、足が空中に浮いている。身動きが取れない。まわりでヒンディー語で何か言っている。「アイ アム ジャパニーズ」と連呼した。通じたかどうかわからないが、ヒンディー語がわからない、ということだけ通じたようだ。

 やっとのことでBorivali(ボリバリ)駅に到着した。汗びっしょりである。インドの電車に冷房はない。だからドアをしめないのである。だがこのひとごみではドアを閉めない効果も全く期待できない。駅に到着して妙なことに気がついた。Borivali(ボリバリ)駅と表示されているが見たことがない風景なのである。おいおい、ここはどこだ?不安であるが乗客の流れについていくことにした。5分くらい歩くと、遠方に見覚えのある駅がある。Borivali(ボリバリ)駅である。ということは、Borivali(ボリバリ)駅は二つあるのか?ヒテーシュさんにあとで聞いてみた。「Borivali(ボリバリ)駅は乗降客の数が多いので、駅を拡張しているのです。従って電車によって遠方の駅に到着することがあるんです」との説明である。それを知らないばかりに迷子になった、と思ってしまった。Borivali(ボリバリ)駅から自宅まで徒歩で20分かかる。人ゴミがなければもっと早いに違いない。家に帰るまでにサウナに入ったように汗が噴き出た。今の季節は冬なのである。夏はどうなるのか?

 翌日、ヒテーシュさんに「昨日は大丈夫でしたか?」と聞かれ、「実は電車で帰ったんですよ」と言ったら目を丸くして「日本人が1か月目で電車に乗った、ことは記録ですね」と言われてしまった。ヒテーシュさんは3年ぶりに先日、電車に乗ろうとして弾き飛ばされた、と言っていた。現地の人でも久し振りだと大変なことらしい。

 今週は一週間お客がいるので自分一人でずっと帰ることになった。昨日と同じ時間に電車に乗った。今回は2台目の電車に乗れた。だが、唇が青くはれ上がった。乗った瞬間に誰かのひじが私の口を殴打したようだ。乗る瞬間は興奮しているので気がつかなかったが、家に帰ってから唇が痛いことに気がついた。鏡に唇を映してみて、黒くはれ上がっているのが見えた。電車に乗ることは格闘技!まさにその表現がピッタリだ。今週1週間、電車に乗るとどのくらい顔、体にキズを負うのだろう。

 しかし、切符を買う意味がどこにあるのであろうか。この混雑では切符を検閲する余裕などどこにもない。インドの経済はこれで持つのか?シン首相は新聞に「世界経済がどのようになってもインドは8%の経済成長は維持する」と明言しているが・・・・・
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