高島靖男のインド日記
テロ事件
 11月27日朝6時に携帯が鳴った。ヒテーシュさんからだ。「もしもし、先生、今日は午前中、会社を休みにしようと思います。どうも昨夜、地内でテロ事件があったみたいで政府から安全対策を取るように、との指示がでています」と耳元に聞こえた。「へー、そうなんですか?全く知らないで寝ていました。わかりました。またのご連絡をお待ちしています」と言って携帯は切れた。早速、TVをつけた。CNNである。ムンバイ市内の状況が映し出されている。これはひどい、と思った、が私の住んでいるところとはあまりにも違う光景である。

 早速、PCを開きメールをチェックした。驚いたことに日本から30通以上も来ている。へ〜っ!とこちらの方が驚いてしまった。あまり細かいことは書かずに、皆さんに同じように「こちらは何の変化もありません。今、カラスの鳴く声が聞こえました。ただし、今朝は待機となりました」と返事を書いた。ムンバイの地理に詳しくなければ状況を説明するのは難しい。事件はムンバイ一番の繁華街、高級ホテル、政府系事務所、ムンバイ株
後方の建物はタージマハル・ホテル
式市場がある、地域で発生していた。ところが私の住んでいるところはBorivali(市内から北へ42キロ)と言う地区で、ムンバイ市の外れにあり、電車で市内から1時間もある距離である。全くテロとは関係のないところなのである。どうも日本の知人、友人は私が高級住宅地域にでも住んでいると錯覚してしまっているらしい。市内の日系企業駐在員の住む地域の家賃は月額50万円くらいといわれている。私のところはヒテーシュさんが払っているのでわからないが、1万円もしないのではないかと思われる。そのくらい田舎なのである。隣は国立公園で野生の動物に囲まれて暮らしている。至るところに野良犬、牛、カラス、豚などがごろごろいる。スラム街が隣接している、そんなところなのである、テロリストが来るわけがない。

 今回の事件は日本から見ていると突然という印象であるが、インドの急速な発展のひずみ、から当然起こるべくして起こったと個人的には思っている。事件の起きたタージマハル・ホテルは一泊2万5000ルピー(約5万円)ほどする。それでも予約で満員である。市民の一年間の収入が約7万円ということを考えると異常な格差が発生している。世界中の人がこぞってインド、しかもムンバイにビジネスを求めて群れて集まっている。過去、私もそのような旅行者としてあるいは駐在員として世界各地の高級ホテルに宿泊していた。パキスタンを始めムスリム系の人たちが反発して外国人の多い地域を攻撃し、インドに打撃を与えようと考えるのは当然の発想と言える。

 ところが私の住むインド人の庶民の生活はそんなムンバイ中心部の異常な世界とは別のものである。私は週末に1週間の食糧を買っている(1週間分食料で500ルピー、ビール代360ルピー、合計850ルピー:約2000円くらい)ので、1日約60円(ランチ代のみ)で暮している。中心部とは格差がありすぎる、のである。ちなみに、市内の駐在員が日ごろ通っている、日本食レストランのランチは1000ルピー(3000円くらい)と異常な値段である。一方、ここに暮らしている限りなんの危険も感じられない。今回の事件は一般庶民とは関係ない一部のインド高所得者、政府関係者、外国人旅行客だけをターゲットにした事件という気がしてならない。もし、今回の事件に日本人が巻き込まれていなければ、日本でもそれほど大きく話題になったのであろうか。生徒の一人がこんなことを言っていた。「パキスタンが何をしてもインドには痛くもかゆくもない。インドは巨大で、パキスタンなどは米粒なのだから」。回りのインド人庶民は今回の事件に無反応と言う気がする。

当日の新聞
 事件の翌日の夜、ヒテーシュさんと一緒に帰ってきた。「先生、今日、朝日新聞の記者から電話がありました。日本の支店がある会社に無差別に電話しているらしいのです。盛岡に派遣しているうちのインド人社員は岩手の新聞社のインタビューでつきあわされた、と連絡がありました。朝日新聞の記者に何も変わったことはないと答えると、何か特別に変わったことはありませんか、としつこく聞くんです。無理にでも変わったことを聞き出したいという感じなのです」と唸っていた。報道とはそんなものなのであろう。

 ヒテーシュさんの会社からは毎月IT技師が日本に派遣されて行く。丁度、今回はテロ事件と重なってしまった。29日朝4時の飛行機であるが、28日の夜7時に飛行場に向かった。インド人が一番嫌いな冬に日本に出かけていく。このうち何人がどのような言いわけを考えて帰国するのであろうか?
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