高島克規のインド日記
10月30日(金) ムンバイの電車
 以前に「電車に乗るのは格闘技」という内容で書かせてもらった。今回は個人的経験を踏まえ実態をお伝えしようと思う。以下は新聞に掲載された「電車」に関する記事だ。
  1800万人が住むムンバイを走る列車は毎日、650万人を、市中心部まで運ぶ。鉄道当局によれば、「激混み時間」と呼ばれる通勤通学のラッシュ時には乗車率は250%にもなり、定員200人の車両に500人が詰め込まれる。鉄道警察の発表では、昨年は3997人が死亡、4307人がけがをした。今年は、1-4月ですでに1146人が死亡し、1395人が負傷している。
  死因の3分の1、負傷原因の多くを占めるのは、混雑のため車両に乗り込むことができず、車両の端につかまった状態で無理やり「乗車」したものの、手が離れてしまったというケース。鉄道当局は「乗客数を制限するという手もあるが、どちらにしても人々は出勤しなければいけない。こうした人々は線路に座り込んで列車の運行を邪魔する」と話す。
 線路上を歩いていて列車にはねられるというケースも、死因の半分近くを占める。隣のホームに移動する陸橋が整備されていないためで、線路を渡るのは違法だが、インドでは珍しくない。
 鉄道当局も違反者への罰金、フェンスの設置、陸橋が必要な場所の調査などを行い、事故防止の努力を進めているが、「誰だって隣のホームに渡るために1キロ先の陸橋を使おうとは思わない」と当局者もあきらめ顔だ。
  ムンバイでは、市内の公共交通機関整備のため、2015年までに世界銀行からの融資を含めた20億ドル(約2140億円)が充てられることになっており、車両の数や運行数を増やす努力も進められている。しかし、市の努力を上回るペースで乗客数は増加している。
列車(写真をクリックするとスライドショウ)
世界銀行の協力を得て、総額452億6千万ルピー(9億4300万ドル)の投資計画が進められており、列車の増発、複々線化、スピードアップ、新型車両の導入等により、輸送力の増強と混雑緩和(9両編成で3,000人にまで乗客数を抑えることが目標)を目指している。
  ムンバイの都市交通の輸送シェアは鉄道48%、バス40%、自家用車12%となっている。利用客が大変多く、最混雑時には9両編成(定員1,700人)の電車に5,000人以上が乗車し、1平方メートル当たり14〜16人の乗客が立っている計算である。毎年3,500人以上の死者が出ている。多くの原因は、別のホームへ移動するときに跨線橋を使わずに線路を横断して通過列車と衝突することである。また、混雑を避けて天井に乗車したときに架線で感電したり、ドアや窓につかまって乗って転落する場合もある。
  まず、切符の買い方を説明しよう。窓口に並んで買えばいい。当たり前の話ではあるが並んでいて日本にない、現象を紹介したい。
出札口
長蛇の列に並ぶのであるが、遅遅として進まない。何故なら横から入り込んでくる連中がたくさんいるからだ。最初、これがインドのやり方なんだろうと我慢していた。ある日、窓口直前で次は自分の番だという時に横から若い男に割り込まれた。これには我慢ならず「何故、並ばないんだ」と文句を言った。すると「俺は鉄道の職員だ。だから許されている」と横柄な態度で当然のごとく先に切符を買った。回りの人間も何も文句を言わない。今でもこれは嘘なのでは?と疑っている。こんな横から割り込むことが許される国がインドなのか?と思ってしまう。
  それにしても、インドの窓口の対応は悪い。隣の窓口の職員と必ず話をしながら切符を売っている。間違いが発生しないのだろか。一言も言わずに金を取り、切符を投げてくる。本当に切符を投げる、という表現がピッタリである。切符を買わない回数券のようなシステムもある。スマート・カードと呼ばれるものを事前に購入する。

スマートカード(写真をクリックすると拡大できます)
  これがあるといちいち窓口で切符を買う手間がはぶけることになる。
  ある日のことである。ヒテーシュさんにお客さんが来て私ひとりで帰ることになった。そのような場合、大体午後6時過ぎの電車に乗ることにしている。電車に乗る前にしておくことがある。ネクタイをはずし(会社では敢えてネクタイをして授業をしている)、携帯電話、メガネをバッグにしまい、目立たないようにするのである。電車の中では身動きが取れない。スリ、置き引き、何でもありである。インド人の生徒でさえ、先日携帯電話を取られたそうである。
  私の駅は終点のボリバリ駅であり、大体5分くらいの間隔で電車は来るので来た電車に乗ればいい。その日も満員電車の列車中央に乗りこんだ。列車の中央は比較的すいているのである。また、終点なので順次人が降りて行くので降りるのにも問題はなかった。
  
ボリバリ駅
会社はゴレガオン駅の近くにある。そこからマラド、カンデイバリ、ボリバリと停車していく。マラド駅ではいつもに比べてあまり人が降りなかった。次いでカンディバリ、そこでもあまり人が降りなかった。
電車路線図(写真をクリックすると拡大できます)
が、その時にはあまり気にもとめていなかった。そしてボリバリに停車した。当然、皆降りると思っていた。ところが全然人が降りない!その時、気がついた。この電車はビラル駅まで行く電車だったのだ。慌てた。「Get Off、Get Off」と大声で列車中央から出口へ進んだ。親切というか皆が私のために脇によけてくれて、列車から押し出してくれた。列車はもうボリバリ駅を走り出していた。ムンバイでは停車はするが停車時間は非常に短く、すぐ発車するのだ。九死に一生である。先まで行ったら、今度帰りの電車に乗るのは困難を極める。というのも表示がヒンディー語のためよくわからないのである。周囲で英語が出来る人に巡り合うのは宝くじのようなものである。
  翌日、ヒテーシュさん、アニタさん、生徒たちにその話をした。「先生、それは先生が外国人と思ったからですよ。我々、インド人同士だったら絶対にそんな親切にしてくれません。気がつかないあんたが悪というになり、誰もどいてくれません」と皆一様に言った。「へー、そんなもんか」と思った。「外国人に親切」そんなこともあるのである。
チャーチゲート駅、駅構内(写真をクリックするとスライドショウ)
  電車に乗っていて気がつくことがある。いくつかご紹介したい。
(1) 物乞い
 平日の満員電車には乗っていないが、土曜日、日曜日などには電車に乗ってくる。大半が身体障害者である。各車両の客を回って物乞いをするのであるが、絶対に口をきかない。施しをする人は稀なのであるが、たまに施しをする場面に出くわす。不思議であるが、物乞いは「当然のように施しをもらい、礼の一言も、おじぎもしない」。施しをした人もそれを不思議と思っていないようである。「スラムドッグ」の映画に登場するような少女、少年(大体7、8歳くらい)が物乞いするケースは人の服、ズボンのすそを引っ張り、口に手をやり「食物をくれ」という仕草をする。ヤラセかもしれないとは思うがとても悲しくなる。この子供たちは注意を喚起するために鈴をならしたり打楽器を持ち込み、音を鳴らすのである。
(2) 物売り
  いわゆる車内販売である。日本にように鉄道が運営しているのでなく、個人が不法に販売しているのである。どんなものを売っているのかと言えば、「えんぴつ」「けしごむ」「ノート」「本」「ペン」「くし」「携帯のカバー」などなど、高価なものではない。商品は乗客の間を回覧される。買う人がいるのか?と見ていると、これが不思議なことに結構買う人がいるのである。満員電車でのれん代を払わずいい商売をしているのである。
(3)お布施
  お坊さんが教を唱え、鈴を鳴らしてお布施を乞うのである。こちらはいかにも堂々としてお京を唱えているのであるが、誰も見向きもしないし、お布施をあげる人を見たことがない  これは全く効果がないのでは?といつも思うのである。
(4) 広告
  インドもいよいよ日本に近くなってきたのか?と思わせられる。吊革は勿論、車両そのものに宣伝広告が書かれて列車が走るのである。これは相当の宣伝効果があがるのでは?と思う。
(5) 譲り合い
  日本では三人掛けだときちり三人座る。ムンバイでは三人掛けであれば5人、6人は座る。譲り合う、というのが当然という文化が根付いている。更に新聞の回し読みだ。隣どおし、前後の人達は自分の読んだ新聞を回りの人に見せてあげるのだ。最初、奇異に思ったがこれはいい、と思った。満員電車で全員が新聞を広げたらとんでもないことになる。読んでしまった新聞はゴミ以外の何物でない。しかし私にヒンディー語の新聞が見せられたのには、困ってしまった。

電車内 座席
  ゴレガオン駅からボリバリ駅まで4ルピー(約8円)、ボリバリ駅からチャーチゲート駅まで9ルピー(約18円)である。ボリバリ駅からチャーチゲート駅までの距離は約40キロある。駅に改札口はない。電車の中で切符を見せることはない。朝4時が始発で終電は翌日の朝2時である(2時間しか休まない)。ムンバイ人の所得からして切符を買って乗車している人数はどのくらいいるのだろうか?半分以上は無賃乗車ではないか?こんな実態では大幅な赤字だろう、と勝手に想像していた。ところがヒテーシュさんの話では電車会社は「大幅な黒字」というのだ。これは世界の七不思議どころではない。何故、何故、何故!である。
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