高島克規のインド日記
インド・サラセン様式
(注)
  「“インド・サラセン様式” という奇妙な名称は、英国の一方的なヨーロッパ文化の押しつけが インド大反乱を招いたという反省から、インドの伝統文化を尊重する気運が高まり、ムガル朝のイスラム建築(当時はサラセン建築と呼ばれた) の要素を取り入れたコロニアル建築を、そう呼ぶようになったのである」
                                (「神谷武夫とインドの建築」より)。