高島克規のインド日記
9月14日(月) インド人はコピーが常識
  5月下旬に家内と友人ご夫婦がムンバイに来ることになった。その間約1週間授業は休講となる。5月中旬に「これこれしかじかで月末の1週間、授業はお休み。だけど沢山宿題があるし、その宿題の中から休み明けにテストをやります。授業があった方が楽だよ!」と生徒には脅かしておいた。
  私の授業は「初級クラス1」、「初級クラス2」、「3級クラス」、「ビジネス1」、「ビジネス2」、「ビジネス3(2級)」の六つのクラスに分かれている。それぞれのレベルに合わせた宿題を作り、あるいは見つけて私が休む1週間前に公表した。期限は私が休んでいる週の金曜日夕刻とし、自宅へメールで宿題の解答を記載したファイルを送ってもらうこととした。「もし質問があれば私がいる間に言ってくるように」と指示した。それぞれのクラスに合わせた宿題と書いたが、全部が全部きちりと、六つのクラスに的確な宿題が見つかり、出来たわけでなく、一部重複する内容の宿題を与えざるを得なかった。それが問題であったのだが、その時は気がつかなかった。ビジネスクラスには(1)作文(2)長文読解(3)ロープレ・シナリオなどを与え、初級クラスは「みんなの日本語」から宿題を出した。
日本語教室 日本語テキスト

  金曜日の夕刻になると私のパソコンに少しずつ宿題が送られ始めた。夕方の5時ごろ一番目の受信があり、それが夜10時ごろまで断続的に続いた。中には「まだ出来ていないので明日土曜日には送ります」というメールもあった。残念ながら全く返事をよこさない生徒もいた。宿題をメールで送付させるやり方は私がムンバイに来てからずっとやらせているので生徒は慣れていた。返事がない生徒も必ず1日、2日遅れで宿題を送付してきていた。
 家内、友人ご夫婦が帰ったので土曜日から宿題をチェックし出した。とにかく沢山あるので片っぱしからチェックしていった。ところが「初級クラス1、2」の解答をチェックしている時に異変に気がついた。答えが同じなのである。同じクラスの仲間がコピーしあう、これはよくあることなので「またか!」と思う程度であったが、「初級クラス1」、「初級クラス2」の全員の答えが同一なのである。
「初級クラス1」「初級クラス2」はほとんど授業の内容が同じだが、能力によって「初級クラス1」「初級クラス2」に分かれている。従って宿題は大半が重複している。何故気がついたか、といえば、「みんなの日本語」の作文の宿題からである。
  「初級クラス1」の全員が「XXXさんは駅でしんぶんを買いました」と書いていたのである。このXXX君は「初級クラス2」のクラスの生徒である。「初級クラス1」の生徒であればそのクラスのほかのメンバーの名前をひきあいに出して書くのであれば自然であるが、XXX君は「初級クラス2」のメンバーである。書く必然性がないのである。そしてXXX君の解答と、「初級クラス1」のメンバー全員の解答を比べてみた。文章は勿論であるが、間違っているところも同一ということが判明した。「初級クラス1」「初級クラス2」の生徒全員がコピーし合った、という結論を出さざるを得なかった。
  実はこれと同じ問題が「3級クラス」に以前あった。生徒の一人が「先生、インドではコピーするのはカルチャーなんです」と平然と言い放ち、生徒全員が大笑い、そんな事が度々あった。テストも互いに見せ合う、聞きあう、当たり前と思っている。これを変えさせる、ということは、とてつもないエネルギーが必要である。「3級クラス」では、「コピーをした者、コピーをさせた者、両者の点数は0」とした。宿題は作文以外を与えないようにした。作文は流石に自分で書かなければならないからである。
  ○×、選択問題はインド人生徒には全く意味をなさないのである。
  だが、それでも非常に似た作文が出てくる。AAA君の作文に「私の姉はラビさんの弟と結婚しました」というのがあった。BBB君の作文も「私の姉はラビさんの弟と結婚しました」と全く同じ内容だった。これをクラスで追及するとBBB君とAAA君「それはたまたま同じ名前で別のラビさんの弟です」と言う。他の生徒も「先生、それは違う人です」と言ってかばってしまうのだ。あとでヒテーシュさんにこの話をしたら大笑い。「先生、それはAAAもBBBも完全に嘘を言っていますね」との返事であった。とにかく油断も隙もあったもんではない。
  そこで今回は「3級クラス」6人のメンバーには一人一人宿題を変え、英語から日本語への翻訳、日本語から英語への翻訳という宿題を課した。これには流石に困ったようである。結局、宿題が出てきたのは私が授業を再開した週の水曜日だった。期限を大幅に遅れたのだが私はそれでもよかった。自分達が苦労してやったのであるから。
「初級クラス1」「初級クラス2」のコピーが発覚してすぐに私はヒテーシュさんに日曜日の夜にメールを送信した。「残念ながらこのような問題が発覚して非常に残念です。是非、該当者全員を集めて対処をお願いしたい」という内容であった。
  翌日ヒテーシュさん、アニタさんが「初級クラス1」「初級クラス2」の生徒全員と個人面接をして真相究明につとめてくれた。しかし真相はなかなかクリアにならなかった。「我々はコピーなぞしていない」と生徒が言い張ったからだ。私はヒテーシュさんに「この会社の職員全員が今回の事件を知っています。更に言うとビジネスクラスでも今回の宿題でコピーしている、事実があります。ですからこの問題をうやむやにすると会社全体にいい影響を与えません」と伝えた。ヒテーシュさんもアニタさんも「初級クラス1、2」の一部の問題なので、あまり大事にしたくない、うやむやに済ませたい、という気持ちがあったようだ。しかし、コピー問題が職員全員に感染しているとなるとこれは別問題である。「例えば、こちらの職員が日本へ派遣されて、その職場の書類、情報などを無断でコピーして平気で持ち帰り、後で発覚したら大問題になりますよね。インドの人が気をつけなければならないモラルという事をインドに居る時からしっかり教え込まないと、日本で問題を起こします。また、コピーをした人たちが自分たちの非を認めない限り、初級クラスは休講とさせてください」と強く言った。
  翌日の朝、再びヒテーシュさん、アニタさんは個別に全員と面談をした。その日の午後、「初級クラス2」の一人の生徒が私のところに来た。「先生、私はコピーをしました。すみません。でも全部コピーしたのではなく前半はYYY君がやって、後半を僕がやりました」と言って謝罪してくれた。救われた思いがした。しばらくすると「初級クラス1」の宿題のまとめ役GGG君からメールがあった。「自分が上手く皆の宿題をとりまとめず、人の宿題をコピーして確認せずに先生に送付してしまいました。申し訳ありません」とのことであった。また「初級クラス1」のHHHさんという女性職員からは「先生、絶対私はコピーしていません。信じてください」というメールもあった。

  ヒテーシュさん、アニタさん、「初級クラス1,2」の生徒全員に以下のメールを送った。

  今回の事件は私が十分に指導・徹底しなかったために起きてしまったことと思うので皆さんに責任はありません。宿題を全部自分でやった人もいるだろうし、コピーをしてしまった人もいることと思います。日本語の勉強しているのは日本語テストに合格するためではありません。日本へ行って日本語で仕事をするためです。コピーして解答を得ても日本に行ったら全く役に立たない(日本語を読めない、書けない、聴けない、話せない)、ということが一番問題なのです。来週、宿題の中からテストをします。70点以上であれば合格。それ以下であれば、以降の授業には出るに及ばず、としたいと思います。

  何故、70点としたのか?日本語能力試験は60点が合格である。60点では能がないと思ったからである。少し高い目標が必要だった。翌週、試験をして結果が出た。一人を除き全員が70点を大幅にクリアした。試験をアナウンスしてから全員の眼に色が違った。私は出来なくてもいい、と思っていた。むしろモラルを持つことが重要と気がついてくれるだけで十分であった。しかし彼らはモラルよりも試験の結果にこだわった。
生徒たちとのコミュニケーション

  残念だが一人だけ授業に出れない生徒が出た。当面はすくってあげられない。しかし、もうしばらくしたら新入職員が入ってくる。その時点で彼も含めた新しいクラスを立ち上げるつもりである。コピー、確かにインド人の文化なのかもしれない。町を歩けば、コピーしたDVD、CDが溢れ返っている。何も高い金を出して買うことはない。勉強もそうだ。テストに合格すればいいのだ。何も苦労することはない。この論理を打破するには相当の覚悟と粘り強さがないと対抗できない。今回、反省しても明日はもう忘れている、そういう憎めない?人たちがインド人なのである。
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