高島靖男のインド日記
1月18日(日) 言語について
 日本語授業の教室には日本地図が貼ってある。授業をし始めたころ、必ず出た質問は「盛岡、金沢、千葉、広島がどこにある」である。皆さんには不思議に思われるかもしれないが、
教室の日本地図
実はこの会社から派遣されている人たちの赴任先企業がある都市なのである。そして「東京からどのくらい離れているのか?」と言う質問で出る。更に「県とはどのようにして出来たのか?」という質問に発展する。私は日本の県の成立を「欧米諸国が19世紀後半に日本に来て、開国を迫り、サムライ社会が崩壊し新しい国が生まれた。そして全国にいた昔のサムライのキング(殿様などと言ってもわからないのでキングとした)の領地を廃止して県にした」と説明した。皆、なんとなく納得したようである。

逆に私から「インドの州(注)はどのように出来たのか?」と質問してみた。彼らの回答はきわめてシンプルである。「言語の違いによって州は分かれている」である。へ〜っ!と驚いた。アメリカ合衆国も州だが言語の違いで成立している訳ではない。しかし、カナダのケベック州などの言語紛争を見てみると言語が州の成立・統治にいかに大きな影響があるかわかるので、成程、成程、と聞き入った。         <注>インドは28の州、6の直轄地、および首都からなる連邦国家

更に「いくつ言語があるのか?」と聞いてみた。一斉に「180」と回答が帰ってきた。この数字は私が赴任前に日本で事前調査(元東京銀行 島田卓氏の著書より)した数値と違う。その時に入手した言語数は以下のとおりであった。  
公用語18、州:3言語政策(ヒンドゥー語、英語、州語)
    3372言語、216言語(1万人以上が話す言語)

 上記でもわかるようにインドの人は最低3言語話す、と考えていい。生徒に聞いてみると大体5言語くらい話せる、という回答が多い。ヒテーシュさんのお嬢さんシミちゃんは今、帰国子女として大変苦労している。何故ならサンスクリット語が出来ない、のである。シミちゃんの編入した小学校はPublicスクールであるが、地域では有数の進学校だ。その必須科目がサンスクリット語(注)である。ヒテーシュさん、アニタさんも教えることが出来ず、とうとう家庭教師を頼んだくらいだ。ヒテーシュさん曰く「文法がとてつもなく不規則の連続でちょっとやそっとでは習得できない」なのだそうだ。インドの子供も大変なのである。ちなみにシミちゃんはヒンドゥー語、英語、マラティー語、日本語が出来る。
<注>サンスクリットは古代・中世に、インド亜大陸や東南アジアにおいて公用語として用いられていた言語。現在のインドの公用語の一つでもあるが、古典言語であるため現在日常語としての話者はほとんどいない。

いささか古い数字だが、1961年(昭和36年)の国勢調査で、国民に「何語を母語としているか」を申告させて、それを集計した数字がある。それによると、1652語である。
                 <内訳>
使用人口が1人 73言語
使用人口が2人〜10人 137言語
使用人口が11人〜100人 173言語
途中省略
使用人口が10万人以上 59言語 59言語

ヒンディー語の新聞
 1971年(昭和46年)、インド政府は「105言語」と発表した。1981年(昭和56年)の国勢調査では、使用人口が100万人以上の言語は23であると発表した。この23言語のいずれかを話す人口は、全体の98%を占めている。最大の使用者人口を持つ言語がヒンディー語で、全体の40%である。この数字は、中国において、漢語の占める割合の95%から見れば低いが、総人口が11億人なので、4.4億人がヒンディー語を使っていることなる。日本語の使用人口が1億3千万人とくらべれば、はるかに巨大な数字である。

参考に以下のホームページを参照していただくと、インドにおける主な言語の使用地域がわかる。
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~yamakami/map-of-indian-language.files/slide0001.htm
ムンバイではマラティー語が使用されている。マラティー語はヒンディー語にとても似ている。

 インドの通貨はルピーだが、お札には13〜15個の言語でその紙幣がいくらなのかが書いてある。 インドで一番の娯楽と言ってもいい映画も、代表的な各言語の吹き替え版が出ている。ホテルの厨房で働く料理人は、いろんな地方からの出身者の集まりだそうで、公用語のヒンディー語では会話ができないことが多く、そこで使われる言葉は英語だそうだ。
紙幣とコイン(クリックすると拡大)


インド人は英語が堪能か?完全にそう思ってインドに赴任した。結論から言えば、「ノー」である。インドの地図を見ていただくとムンバイは丁度真中くらいの位置にある。ムンバイを境として北では殆ど英語が出来ない、と言っていい。一方、南は英語がとても堪能である。日本語授業の生徒は大学卒業で英語もしっかりと学校で勉強してきたハズではあるが、決して英語が堪能と言うわけではない(大半が北部出身者)。

よくアニタさんは「皆の英語はどうですか?」と私に確認する。「ええ、いいですよ」と一応は答えているが決して英語が出来る、というレベルではない。アニタさんは生徒の英語では一般の日本人には通じないことをよく知っているようだ。日本語授業は英語で説明を行っている。こちらの言っていることを生徒はわかっているようであるが、生徒から英語で質問されると大半、聞き直さないと理解できない。それは出身地域の言語アクセントを引きずった英語であるから聞き取れないのだ。
以下にインド英語の特徴をまとめてみた。
thの発音がタ行に近い音に聞こえるthanks→ タンクス
ローマ字読みに近い Wednesday→

park→
ウェドネスデイ

パルク(特にこのようにrを「ル」で発音する事が多い)
「s」の発音がイスになる場合がある。 special→ イスペシャル
アクセント 【1】英語らしいアクセントが少なく、抑揚がない。
     ヒンディー語は抑揚が少なくそれらが、影響している
     と言われている。

【2】反舌音(舌を口蓋に叩いて出すような音)
   が強い
スピード スピードが速い。
文法 形容詞にtheを付けて、抽象名詞にする。
また、インド独特の単語をいくつか紹介しよう。
特にHotelとLakhには最初、戸惑ってしまった。
Bunk ガソリンスタンド
Hotel(写真ご参照) レストラン
Veg、Nonveg 菜食主義者、非菜食主義者
Xerox(ゼロックス) コピーする
Lakh(ラックと発音する) 10万
ホテル(=レストラン)
先日、ラジキショア君とリキシャに乗った。料金を払う段になって運転手とラジキショア君が話しているがすごく時間がかかった。あとで事情を聞いたところお互いに話していることがわからなかったらしい。リキシャの運転手は北部出身の流民が多いので当然英語などできない。ラジキショア君はオリッサというインド東部出身で英語が得意ではない。従って、言語が違う二人が意思疎通に苦労したというのも頷ずけるのである。インド人同士でも通じないのだから外国人の私のヒンディー語が通じないのも当然か??

  最後に生徒の「耳(=聴力)のことであるが、5言語も話す、ということからわかるように、耳はすごくいい。微妙な音の違いを聞きわける。日本語ではLもRも区別しないので「ら(LA)−めん」でも「ら(RA)−めん」でも通じるわけであるが、インド人にはしっかりと違いがわかるようだ。十分、説明してあげないと彼らには相当のフラストレーションになるらしい。特に「し」の音はヒンディー語では「3種類」あるようで、私が「わたし」の「し」を発音する度に違った音を発すると質問攻めで、そこで授業が止まってしまう。音に関して日本人はいいかげんな国民である、と改めて思ってしまうのである。
目次に戻る