高島靖男のインド日記
11月22日(土) わたしの歯医者さん

 恐れていたことがやってきた。それは歯痛である。もともと歯が悪い。離日する前も入念にはチェックしていたが、それでも歯の問題は起こる。金曜日の夕方、授業している時に痛みを感じた。バッファリンでも飲んで様子をみよう、と思った。バッファリンを飲んで土日過ごしたが、痛みは治まらなかった。右の奥歯である。銀冠をかぶせているところだ。2年前に痛くなり、歯医者に診てもらったとき、もう一度ここが痛くなったら銀冠をはずして徹底的に治療しないとダメですよ、と言われていた歯である。日本を出る前に痛くなってくれればいいものを!と思ってしまう。

 歯医者へ行くということはインドの水道水で歯を治療することである。自宅では水道の水には浄水器を取り付けていて、直接水道水を口にすることなどないのだ。これは弱ったことになった。アニタさんに歯が痛いことを相談すると、自分も治療中なので一緒に行こう、と言ってくれた。月曜日の夜9時にアニタさん、アニタさんのお母さん、私、の3人で出かけていった。歩いていける距離にはなく、結局、ヒテーシュさんが運転手となって出かけた(かわいそう)。

 8時50分に到着した。小さな診療所である。知らなければ通りすぎてしまうほどだ。待合室は通りからまる見えである。3人ほど患者が待たされていた。これは10時になるな!と思った。案の定、自分の番が回ってきたのは夜10時を回っていた。先生の名前はネーラン・タッカーさんという女医さんであった。先方もアニタさんから話を聞いていたようで日本人の歯、歯治療方法に興味がある、といった雰囲気であった。早速、治療台に座ると、先生、アニタさん、アニタさんのお母さんの3人が覗き込んでくるのである。これではモルモットである。アニタさんは通訳という役目、アニタさんのお母さんは医者としてのアドバイスということらしかった。先生の英語は綺麗な英語で通訳など必要ではなかったがアニタさんがやってくれた。「日本の技術、銀冠などは時代遅れ」と言われてしまった。日本の歯治療ってそんな程度だったの?と思わず疑問がわいた。結局、レントゲンを撮って治療方法を検討する、ということになった。インドでは患者は訪問するときに自分のレントゲン写真を持参することになっているらしい。そこでレントゲン写真を撮るのかと思っていると、そうではなく別に撮影して持参することが必要で、翌日、レントゲンを撮ることになった。

 翌日、夜7時にレントゲン技師のところへ運転手(10月中旬から運転手をつけてもらった)に連れていってもらった。わたしが住んでいる駅の反対側である。車が到着したとき、これはちょっと危なくない?と思わず声が出そうなところであった。運転手は親切にもわたしの手を引いてつれて行ってくれた。とあるビルの3階にその撮影技師の事務所があった。事務所に入ると沢山の患者がいたが、一斉に私のことをじろじろ見た。きっと東洋人がくるのは初めてなのかもしれない。アニタさんに電話して受付嬢に用件を話してもらった。料金は250ルピーだという(約700円)。しばらくすると技師に呼ばれて撮影室に入った。本当にインドの方が進んでいるの?と思うくらい旧式の撮影設備である。この技師、全く英語を話さない。お互いに意志の疎通ができない。撮影にとにかく時間がかかった。顔、口をいじくり、こずきまわされ、やっとのことで撮影が終わった。しばらくすると技師が血相を変えて出てきた。何か言っているがわからない。しばらく問答をしているうちにわたしの口に義歯が入っていることを言っているのだということが初めてわかった。撮影のやり直しである。またもや顔、口をいじくり、こずきまわされ、やっとのことで撮影は終わった。

 いよいよ治療の開始の夜8時30分に診療所に一人で行った。誰もいない。しばらくすると受付の男の人とネーラン先生が現れた。向こうもビックリしている。アニタさんが取ってくれたアポイントは8時30分のはずであったが先方は8時30分以降の時間と理解していたらしく9時30分だと言う。しかも先生がいない!と言うのだ。だって目の前にいるではないか?先生は早くても9時30分でなければ来れないと言う。何が何だかわからないが明日の夜8時30分でどうか?と言われた。

 翌日の晩8時30分に行った。時間どおりに診療室に通された。ネーラン先生がいる。昨日とどこも違わない。なぜ、昨晩はダメだったんだろう?治療が始まった。麻酔をかけられたが注射はしない。スプレーだけである。瞬間的に麻酔がかかるようである。銀冠の取り外しである。力仕事である。先生は額に汗して頑張っている。9時を過ぎた。看護婦の交代である。新しい女性が来た。いままでいた看護婦は帰り支度をしている。驚いたことにネーラン先生が途中で作業を止めて、新しく来た女性と話だしたのである。さらにネーラン先生は助手になって、新しく来た女性が治療に当たったのである。このときやっとこの人が銀冠取外しの専門の先生で昨晩は都合がつかなかったのだとわかった。売れっ子の先生のようである。

 その先生に代わってからも1時間30分の時間がかかった。途中、その先生が私に聞いた。「ここにきてどのくらい?」指を一本あげた。「1年?」「いいえ、一か月」と口を開けたまま上手く声が出なかったが答えた。その先生はたまげて、声も出なかった。

 1回目の治療も2回目の治療でも水道水が口の中に注ぎ込まれた。一部は飲みこんだ水もあるに違いない。でもその後、お腹が痛い、とういう症状は全くない。いつからかわからないがわたしの体にインドの水に対する抵抗力が出来たのかもしれない。でも油断は出来ない。いつ下痢に襲われるかわからないのだから。

 終了すると10時30分であった。ネーラン先生もその先生も汗びっしょり。「今晩は熱が出る思うので痛み止めを飲んでください。もしあまり痛いようだったら明日朝至急電話をください」とアドバイスされた。さらに、「レントゲンを見ると左の下の歯にも問題があるので、この治療が終わったらやりましょう」と言われてしまった。「いくらお支払すればいいですか?」と尋ねると、即答せず、二人で相談して「2500ルピー」と回答してくれた。相談することなの?日本円だと7000円位である。保険はまったく使用せずこの値段だから安いのか高いのか?この2500ルピーは会社に領収書を提出すると、全額返金してもらえることになっている。これはインド独特の仕組みである。ただし、この額も給与に織り込まれているので得をした、ということではない。

 きょうは先日の続きで銀冠をかぶせるための型どりである。口の中に粘土のようなものを詰め込んで型を取る。全く日本やり方とどこも違いがない。この型を型専門技師に送って銀冠を作るそうである。3日ほどかかる、とのこと。また、2500ルピーとのことである。値段があってないような?日本人のわたしには払える金額ではあるがインドの人は払えるのだろう?という疑問がわいてくる。インドの人にはもっと安い値段で治療しているのだろうか?

 この診療所は朝9時30分から昼12時30分、夕方6時30分から9時30分までである。先生は向かいのアパートに住んでいる。子供が二人いて、診療中も一緒に診療室の中で遊んでいる。インドの開業医はこのような時間帯で営業しているケースが多いようだ。昼間は働いているので夜しか来れない人のためにこのような時間設定をしているようである。受付の男性はもう65歳ということであるがとても元気だ。わたしが日本人だということを知り、話しをすることを楽しみにしているようである。わたしも何回か来ているうちにこの男性と話すのが楽しみとなってきたようだ。
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