高島靖男のインド日記
10月15日(水) 久しぶりに旨い食事
 ヒテーシュさん、アニタさん、私の3人は8時30分に会社に到着し、来週以降の授業の編成、やり方について議論した。現在のクラス編成は、午前中に4級受験クラス(毎日2時間)、午後3級受験クラス(火、木1時間)と2級受験クラス(水、1時間)になっている。3人の合意で、午前中は従来通り。午後は午後3級受験クラス(火、木、金1時間)と2級受験クラス(月、水、1時間)。それに加え夕方5時から毎日1時間初級クラスをスタートさせることとなった。ここで明らかになったことはアニタさんは絶対自分の意見は曲げない、ということである。たとえ言っていることに無理があってもへ理屈でもなんでも言って意見を曲げない。私としばしば意見が
事務所風景
ぶつかる。その度にヒテーシュさんが頭を抱える。ここで一緒にこれから仕事を続けていくとなると力仕事、と思わず唸ってしまった。その後、会議室でヒテーシュさん、アニタさん、他のスタッフが議論しているのが見えることがあるが、同じようにヒテーシュさんが頭を抱えている場面を垣間見ることがある。彼女はいつもどこでも変わらない、ようである。だから実質的な社長はアニタさん?と思ってしまう。でも、彼女のやり方では日本人を相手に外交はできない。やはり、ヒテーシュさんでなければ社長は務まらない。ヒテーシュさんはときどき、「アニタは公立大学(IIT)卒業だけど、自分は私立のムンバイ大学、と独り言のように言う。やはり、劣等感があるのだろうか?でも、とにかく授業スケジュールはハードワークである。毎日、こんなハード・スケジュールをやっていけるのであろうか?

 夕方6時に事務所を出た。というのも金曜日にムンバイに着いてから一度も肉を食べていないのでヒテーシュさんにお願いして、肉を販売しているスーパーへ連れて行ってもらうこととした。最初に行った高速沿いの大きなスーパーには肉はなかった。インドでは肉と言っても絶対に牛は食べないので、鳥肉、豚肉ということになる。ヒテーシュさん一家はベジタリアンなので肉・魚・アルコールについての情報は皆無である。ベジタリアンの店(肉・魚・アルコールはない)には、そのような物は置いていないのである。したがって、全く情報を持っていない。その店にないことがわかると、ヒテーシュさんはアニタさんに電話し、近所の人に肉・アルコールを売っている店を聞いてくれと頼んでいる。やっと行き先がわかった。ウェスト・ゴレガオンのHypercityというところだそうである。事務所のある場所はイースト・ゴレガオンなので高速道路の反対側ということらしい。このHypercityはあとでガイドブックを見るとムンバイ一大きいショッピング・モールであった。ほん2キロくらいの距離である。車は走り出したが、夕方のラッシュに突入して完全に動かなくなってしまった。交差点に信号がないのであるから仕方ないがなんとかならないのか?と思ってしまう。Me Firstの集まりが、交差点を占拠している。もう、どうにもならない。皆でクラクションを鳴らしている。と突然、自家用車を運転していた人が車から降りた。何をするのかと思っていると、交通巡査のように手信号で車を誘導し始めた。みるみる、車が順調に動き出した。これは驚きである。Me Firstはどこに行ったのか?ヒテーシュさん曰く「ここまで困らないとインド人は協力しない」。成程。

市場
 Hypercityは世界共通の現象であろう。複合的にデパートと名店、スーパーマケットが一つになっている巨大な施設であった。へ〜っ!と思ったのは、日本のバッティング・センターと同じものがあったことである。中身は野球ではなくクリケットである。考えてみればありそうではあるが日本にいるときには思いもよらなかった。食料品セクションに行くと、日本のスーパーとまるで同じ品ぞろえ、規模の店がそこにあった(勿論、寿司などはない)。何でも手に入りそうである。値段を見てみる。高い。この値段でインド人の庶民は買えるのであろうか?ヒテーシュさんに聞いてみる。「我々も4年前に一度来ただけなんですよ」とのことであった。一般の人が来れるところではなさそうだ。駐在員とか高所得層しか来れないところのようである。

 渋滞を抜けて家に戻ると9時30分になっていた。外にエッグマンが待っていた。実は私が卵が食べたいというのでヒテーシュさんにこのエッグマン(30歳前後)を紹介されたのである。私の住んでいる地域をこのエッグマンは自転車で行商をしている。毎晩、9時になると卵3つを届けてくれる。3つで8ペソ(約20円)である。何所帯回るのであろうか?朝も見かける。朝も行商をしている。彼は全く英語を話さない。身ぶり手ぶりである。でもいい人物である。ヒテーシュさんに聞いてみた。「朝早くから夜遅くまでよく働きますよね」「彼は昼間も他の仕事をしているのですよ」との答えである。本当によく働く。

 その夜は本当に忙しかった。エッグマンが帰ると携帯が鳴った。ラジブさんという人だ。「プローン(小エビ)が手に入った。好きか?」と聞いてきた。「勿論」と答えると、「5分で行く」とのことである。これも私が魚を食べたいとアニタさんに言ったら、近所に住むこのラジブさんを紹介してくれたからである。彼は船乗り、とのことで一年の半分はインドにいない。日本だけは行ったことがないが100カ国近く行ったそうである。英語が非常にうまい。この日記を読まれる方は私が苦労無くインド人の話がわかると思っているかもしれないので一言触れると、本当にインド人の英語は聴きとりにくい。半分類推するしかない。でもこちらの英語の発音も怪しいもので相手も同じ、と思っているかもしれない。ラジブさんの英語はアメリカ英語で非常に聞きとりやすい。しばらくするとベルの音が鳴った。ドアを開けるとラジブさんと小さな子供がいる。二人を招き入れると、「この子は9歳で長男だ。外国人に会いたいというので連れて来た」とラジブさんの説明である。成程、私は外国人である。子供はちらちらと恥ずかしそうにこちらを見る。「ハロー」と言うと、小さな声で「ハロー」と言うのが聞こえた。ラジブさんは山のようなプローンのほかに「ムンバイ・フィッシュ」という魚も数匹持ってきてくれた。小鯛のような感じである。「この魚はインド海で漁れる魚で、日本には輸出されていない魚だ。刺身にはできないが焼く、揚げる、煮る、どれでも旨い」と説明してくれた。「いくらですか?」と聞くと、アニタが払うからいいのだと言う。すぐアニタさんに電話する。「ラジブさんに代わってくれ」とアニタさんが言うのでラジブさんにかわると、「100ルピー(約250円)」と言っている。電話が終わると「アニタが月末に高島の給与から天引きする、と言っていた」と言う。それにしても安すぎる。「もっと請求してくれ」と言うと、「大量に買うからいい」のだと言う。とりあえずお礼を言って帰ってもらったが、どのように返礼するかちょっと悩みと思った。昔ながらの長屋の付き合いのようだ。
 早速、ムンバイ・フィッシュを醤油で煮込んで賞味した。実に旨い。塩焼きにしたらもっと旨いのにと思ったが、「焼き網」はどこにも手に入りそうもない。久し振りに旨いものを食った気がした。インド料理がまずい訳ではないが、パターンが一緒で4、5日続けて食べると飽きてくるのは仕方がない。
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